どういうプロジェクトに工事進行基準が適用されるのか

SI案件における工事進行基準の原則適用については、「SI案件の工事進行基準の原則化について」で、取り上げました。

興味のある話なので、その元ネタとなっている、企業会計基準委員会の「工事契約に関する会計基準(案)」を読んでみました。読んでみたい方は、PDFが公開されているので、参照してみてください。(私が読んだのも、このPDFです。)

なぜ工事完成基準ではダメで、工事進行基準が求められるのかは、一言で言えばマーケットの要求です。その辺のことは、Googleで「工事進行基準」を検索してみればいろいろ出てきますし、冒頭でリンクした当ブログの記事にも書いてあるので、ここでは深入りしません。
このPDFを読む上で、特に気になっていたのは、どういうプロジェクトに工事進行基準が適用されるのか?という点でした。
プロジェクトの期間、見積の確実性、契約の形態という3つの視点で、読んでみた結果を書いていきます。

「プロジェクトの期間」
このPDFには結論が書かれていますが、その背景も併せて収録されています。ここでは、背景に注目します。

「企業会計原則においては、長期の請負工事を工事進行基準の選択適用が可能なものとしており、通常、工期が1年超の工事を適用対象とするものと解されてきた。しかし、工期が1 年以下の工事契約であっても、会計期間をまたぐ工事に関しては工事進行基準を適用すべき場合があると考えられる。」とされている。

という、記述があります。つまり、プロジェクトの期間が1年を超すか、会計期間をまたぐ場合に、工事進行基準の適用が必要ということです。
工事進行基準の適用がマーケットの要求であることを考えると、マーケット(特に投資家)は損益計算書などの報告資料を見るわけですから、そうした報告資料が出るタイミングで工事進行基準に基づいた収益・原価の計上が行われていれば良いわけです。
プロジェクトの短納期化が叫ばれて久しいSI業界ですが、1年を超えるプロジェクトはざらにあります。また、上場企業については、金融商品取引法において平成20年度から四半期報告制度の導入が決まっています。となると、四半期を超えるかまたぐプロジェクトは、工事進行基準の適用が必要になりそうです。これは、ほぼすべてのプロジェクトを指しているに等しいわけです。非上場企業においても、上場企業の下請に入っている場合は、その上場企業から工事進行基準に基づいた報告が求められることになるでしょう。

ところで、プロジェクトは1年超でも契約を短く区切る方式はどうでしょうか?
これは、「工事を認識する単位」が、契約書とイコールではないことが明言されています。契約書の内容はどうあれ、発注者と施工者の双方が認識している工事の単位で、収益・原価を考えることになります。

「見積の確実性」

財務報告の目的は、その利用者が不確実な将来の成果を予測して、企業の将来キャッシュフローの予測、ひいては企業価値の評価に役立つ財務情報を提供することにあると考えられる。
一般に、商品等の販売又は役務の給付によって実現した段階で収益を認識するという企業会計原則の考え方も、収益はこのように成果の確実性が得られた段階で認識すべきであるとの考え方に基づいているものと解される。

と、あります。キーワードは「確実性」です。
最も確実に収益・原価を計上する方法は、工事完成基準です。終わった後に計上するのだから、当たり前です。しかし、そうでありながら、マーケットの要求から工事進行基準を適用することにしたわけです。そこで、どうやって工事進行基準でも「確実性」を持たせることが出来るか。それを、見積の確実性に求めているといえます。
工事進行基準において、決算日時点の進捗度は、見積時点の原価のうち、どれだけを使ったかで判定します。原価比例法といいます。ほかの方式で合理性のある進捗度の判定が出来るのならば、それでも構いません。
原価比例法を用いるとなれば、何よりも重要なのは見積の確実性です。工事原価の見積が、予実対比できるように作ってあり、適時・適切に見直しを行うことが出来るように作られている必要があります。また、見積の変更時は、見積の変更を行った期に影響額を損益として処理することになります。

「契約の形態」
この点は以前の記事でも触れたのですが、もう少し深堀りします。

28.受注制作のソフトウェアの制作費については、「研究開発費等に係る会計基準(企業会計審議会 平成10 年3 月)」四1 において、請負工事の会計処理に準じて処理することとされており、このような取引についても、契約の形態(請負契約の形態をとるか、準委任契約の形態をとるか等)を問わず、本会計基準の適用範囲に含めることとした。

と、あります。
請負と準委任については、下記の引用を参照してください。

民法(契約法)における請負と委任の定義は,次のようになります。まず,請負は「請負人が仕事を完成し,それに対して注文者が報酬を与えることを約束することで他人の労務を利用する契約(民法632条)」です。これに対して,業務委任契約,業務委託契約といったいわゆる委任は「法律行為ではない一定 の事務を処理することを相手方に委託し,相手方がその目的の範囲内である程度の自由裁量の権限をもって,独立して一定の事務処理行うことを承諾し,その対 価としての報酬を支払うという形で労務を利用する形態(準委任,民法656条・643条)」です(なお,正確には準委任ですが,これ以降,単に委任といいます)。他人の労務を利用する点で共通していますが,大きな違いは,仕事の完成が契約の内容となっているかです。

契約が請負であると判断されると,原則として仕事が完成しないと報酬がもらえません(例えばプログラムが完成)。これに対して,委任の場合には,プログ ラムの完成等とは無関係に,契約内容に従って報酬金額や支払時期が決まってくることになります(例えば毎月作業時間あたりの単価を支払う)。これ以外にも いろいろな違いがあるのですが,このような法的な効果の違いを説明するために,請負,委任といった区別を
するわけです。

請負契約が工事進行基準の対象になるのは異論ないところでしょう。しかし、準委任契約でも工事進行基準の対象になるというわけです。これが、いまひとつ腑に落ちない点です。先に挙げた28項の2つ前に、以下のような記述があります。

26.請負契約ではあっても、もっぱらサービスの提供を目的とする取引や、工事を実施するという点で、外形上は工事契約に類似する契約であっても、工事に係る労働サービスの提供そのものを目的とするような契約には適用されないことに留意する必要がある。

準委任契約は、ここでいう「もっぱらサービスの提供を目的とする取引」ではないか?と思うのです。この点は、引き続きの研究テーマにしたいと思います。

この記事を書いた人

井上 研一

株式会社ビビンコ代表取締役、ITエンジニア/経済産業省推進資格ITコーディネータ。AI・IoTに強いITコーディネータとして活動。2018年、株式会社ビビンコを北九州市に創業。IoTソリューションの開発・導入や、画像認識モデルを活用したアプリの開発などを行っている。近著に「使ってわかった AWSのAI」、「ワトソンで体感する人工知能」。日本全国でセミナー・研修講師としての登壇も多数。