これからの情報システム開発の鍵を握る「間に入る」存在

日本ニアショア開発推進機構の取り組み

今日の日経朝刊、東京・首都圏経済面にこんな記事が出ていました。

日本ニアショア開発推進機構(東京・港)は、システムを開発したい首都圏の自治体や企業と地方のIT企業を仲介する事業に月内に乗り出す。同機構が顧客の注文を聞き仕事を地方企業に振り分ける。2016年1月からの社会保障と税の共通番号(マイナンバー)制度開始や20年東京五輪で開発需要は大きく増える。首都圏のエンジニア不足を補うとともに地方の活性化を目指す。

首都圏の自治体や企業のシステム開発案件を、地方のSIer(システム構築業者)で分担して請け負うというものですが、発注側と受注側が直接やり取りをするのではなく、間に日本ニアショア開発推進機構という一般社団法人が入って「顧客の相談、発注先の検討、品質・コスト管理まで一貫して請け負う「コンストラクションマネジメント(CM)」方式と呼ばれる手法を取り入れる」というところが面白いですね。

今までのSI業界の常識との違い

今までのシステム開発における発注側と受注側の関係というのは、いわゆるプライムベンダーと言われる大手SIerが顧客と直接契約して、要件を取りまとめ、実際の開発はプライムベンダーから発注を受ける下請けSIerで行うというのが一般的でした。

顧客企業と大手SIerの関係は長期の付き合いであることが多く、顧客企業の情報システム部門の技術力や場合によっては社内業務に関する知識が乏しいことがあっても、その企業での経験が豊富なSIer側のエンジニアがサポートしながらやって来ました。

ただ、記事にあるようにマイナンバー制度や東京五輪での特需が予想されることもあり、首都圏のITエンジニアは不足しています。それは、私自身の実感としてもあるところです。

それで、地方のSIerに発注しようとなると、顧客企業としては発注先となるSIerの実力は分からない、一方の地方SIerも初めての顧客なので、上手くプロジェクト運営できるか不安がある。
そういう双方の不安を、間に入って調整してくれる企業(ここでは機構ですが)が現れることによって、払拭しようという試みは良いと思います。

クラウドソーシング事業者の取り組み

同様の取り組みはクラウドソーシングにもあって、例えばパソナテックのJobHub Enterpriseは、案件をパソナテックで一括請負して、担当のプロジェクトマネージャを付け、実際の業務はクラウドソーシングの登録ワーカーをアサインして行うというものです。

Jobhub enterprise

クラウドソーシングを使おうと考える顧客企業は、どちらかと言えばSIerとの既存取引のない新興・中小企業が多いのではないかと思います。大手企業でも情報システム部門経由ではなく、事業部門が直接発注するようなケースもあるかもしれません。

そうすると、システム開発の発注自体に慣れていないために、発注先に過剰な期待をしてしまったり、SIer側は通常の商習慣に則った契約・プロジェクト運営を行っても、「こちらが素人だと思って・・・」と不必要な猜疑心を感じることもあるでしょう。

一方で、受注側も個人事業主や零細SIerが多いので、十分なプロジェクト運営能力がないというケースもあるかもしれません。

こうした問題を、クラウドソーシング事業者(JobHub)側が、プロジェクトマネージャを出すことによって解決しようというのが、JobHub Enterpriseの取り組みだと思います。

システム開発の「間に入る」存在の必要性

SI業界の古くからの契約形態は、上記のような「一括請負」方式か、ITエンジニアを顧客先に常駐させる「SES(システムエンジニアリングサービス)」方式のいずれかでした。
SI企業としては、SES方式は安定した売上は見込めるものの企業の成長が従業員数に依存することになるため、一括請負方式を重視する傾向にあります。

しかし、一括請負方式は、実際の開発が始まる前に請負金額を決めるため、その後の仕様変更や、当初の仕様理解の齟齬といった点で問題が生じることが多いのです。出来るだけ多くの仕様を盛り込みたい発注側と、それを拒否したい受注側という対立構造が生まれ、ゼロサムゲームになってしまう。

そのような対立構造は、双方企業の長期的な受発注関係の中で、「今回はうちが泣く」方式の、「なぁなぁ」な解決策が採られてきました。ただ、そのような解決は大手企業間だからこそ可能になるものです。

中小企業の単発なシステム開発案件をSIerが受注するケースでは、長期的な契約が望みにくく、その案件内でのWin-Winを目指す必要があります。
そのために、受注側のプロジェクト運営能力の向上が叫ばれるわけですが、一括請負という契約自体に対立構造の素因ある以上、努力にも限界があります。
また、発注側の中小企業は、情報システム専門の要員がいないという事情はありながらも、努力は不要なのかという疑問も生じます。

鍵を握る「間に入る」存在とITコーディネータ

ここで鍵を握るのが、受発注双方の気持ちをくみ取り調整しながら、Win-Winの関係を作り上げる「間に入る」存在です。
その解決策が、上記で紹介した日本ニアショア開発推進機構だったり、パソナテックのようなクラウドソーシング事業者の取り組みではないかと思います。

また、私が現在取得しようとしている「ITコーディネータ」制度も、その担い手になれると考えます。

戦略的情報化のビジョンを示し、これを設計するのみならず、システムインテグレータ等がシステム構築を実施する場合にもアドバイザー的に働き、これが無事に稼働するまで一貫して関与し続けるような経営戦略とITをつなぐ人材を必要としている。こうした人材を『ITコーディネータ』と称することを提案する

という通商産業省(当時)産業構造審議会の報告が、ITコーディネータ制度が生まれるベースであり、想定されていたことなのです。

ITコーディネータ(ITC)はSIerの営業担当者のような企業内ITCと、ITC専業や他の資格とのダブルホルダーである独立系ITCがいます。
その中でも独立系ITCは、より中立性の高い人材として、有効活用されるべきではないでしょうか。

この記事を書いた人

井上 研一

株式会社ビビンコ代表取締役、ITエンジニア/経済産業省推進資格ITコーディネータ。AI・IoTに強いITコーディネータとして活動。2018年、株式会社ビビンコを北九州市に創業。IoTソリューションの開発・導入や、画像認識モデルを活用したアプリの開発などを行っている。近著に「使ってわかった AWSのAI」、「ワトソンで体感する人工知能」。日本全国でセミナー・研修講師としての登壇も多数。