IT経営とデジタル経営

2024年3月に公開されたITコーディネータ・プロセスガイドライン(PGL)Ver.4では、それまでのIT経営に変わって、デジタル経営という言葉が使われるようになりました。また「デジタル経営推進プロセスガイドライン」というサブタイトルになっています。
これは、PGLは今後の改版も含めて「ITコーディネータ・プロセスガイドライン」ではあるけれど、時代に応じて何を標榜していくかは変わり得る。そうした前提に基づいて、DXの時代に出すPGLは「デジタル経営」を推進するためのものである、という意味です。

その「デジタル経営」について、ITコーディネータ制度とIT経営の経緯も踏まえて、まとめていきます。

ITコーディネータ制度とIT経営

ITコーディネータ制度は2001年2月に始まったもので、その元となったのは1999年6月に、当時の通商産業省の産業構造審議会の小委員会が行った下記の提言です。

①経営者自身の情報化投資に対する問題意識を高め情報化投資に必要な知識や事例に関する理解を深ること
②問題意識の熟した経営者に対して情報化投資を行う上で良きパートナーとなる ITコーディネータを育成・普及すること

こうした経緯から、ITコーディネータ資格は、国家資格ではないものの「経済産業省推進資格」として今に至っています。

そんなことを振り返っているのが、当ブログの2014年12月の下記の記事。ITコーディネータ資格の取得を決意して、いろいろと書いています。

で、2014年当時、経済産業省のWebサイトには「IT経営の促進」が主要施策として掲げられていたことが分かります。また、当時の同省は「IT経営ポータル」というサイトも運営していたようです。

IT投資本来の効果を享受するためには、目的なく、単に現業をIT化するだけでは、不十分であり、自社のビジネスモデルを再確認したうえで、経営の視点を得ながら、業務とITとの橋渡しを行っていくことが重要です。
このような、経営・業務・ITの融合による企業価値の最大化を目指すことを「IT経営」と定義します。

当時のIT経営ポータルでは、「経営・業務・ITの融合による企業価値の最大化を目指すこと」をIT経営としていました。

ITコーディネータ・プロセスガイドラインのVer.2及びVer.3では、IT経営を下記のように定義しています。

Ver.2
経営環境の変化に合わせた経営改革と、ITサービスの利活用により、企業の健全で、持続的な成長を導く経営手法である。

Ver.3
経営環境の変化を洞察し、戦略に基づいたITの利活用による経営変革により、企業の健全で持続的な成長を導く経営手法である。

ほとんど同じなのですが、Ver.2では「経営環境の変化に合わせた経営改革」だったものが、Ver.3では「経営環境の変化を洞察し、戦略に基づいた」に変わっています。より戦略の重要度が増したということでしょう。

この図は、日科技連出版社「デジタル社会の戦略的経営管理入門」高木修一=著によるITシステムへの価値観を整理した図に、PGLのバージョンをマッピングしてみたものです。
PGL2が登場した2011年頃はヒト・モノ・カネにならぶ経営資源としての情報(IT)という認識であったものが、PGL3が登場する2018年頃にはITシステムは競争優位をもたらす戦略資源と捉えられるようになっていたため、IT経営の定義に「戦略」という言葉を使うようになったのかもしれません。

また、Ver.2では「ITサービスの利活用」だったものが、Ver.3では「ITの利活用」になっています。ITはサービスとして調達して使うものという認識から、戦略に基づいて利活用するITとして、ITそのものの存在感が増した結果かもしれません。

PGL4ではデジタル経営へ

2024年3月にPDF版が公開されたPGL4では、「IT経営」に変わって「デジタル経営」という言葉が登場します。

Ver.4
デジタル社会における経営環境の変化を洞察し、戦略に基づいたデータとITの利活用による経営変革により、企業の健全で持続的な成長を導く経営手法である。

Ver.3のIT経営の定義から増えたのは、「デジタル社会における」と「データと(IT)」の2要素です。
これは、2021年9月に施行されたデジタル社会形成基本法(この法律の施行と同時に、2001年施行の高度情報通信ネットワーク社会形成基本法=IT基本法が廃止された)での、デジタル社会についての定義に基づいています。

インターネットその他の高度情報通信ネットワークを通じて自由かつ安全に多様な情報又は知識を世界的規模で入手し、共有し、又は発信するとともに、官民データ活用推進基本法第二条第二項に規定する人工知能関連技術、同条第三項に規定するインターネット・オブ・シングス活用関連技術、同条第四項に規定するクラウド・コンピューティング・サービス関連技術その他の従来の処理量に比して大量の情報の処理を可能とする先端的な技術をはじめとする情報通信技術を用いて電磁的記録として記録された多様かつ大量の情報を適正かつ効果的に活用することにより、あらゆる分野における創造的かつ活力ある発展が可能となる社会をいう。

この定義の前半は技術(IT)の例示に過ぎませんが、重要なのは後半の、中でも太字にしたところで「多様かつ大量の情報を適正かつ効果的に活用することにより、あらゆる分野における創造的かつ活力ある発展が可能となる社会」をデジタル社会といっています。

この社会は、否応なく、このようなデジタル社会に進んでいきます。それは間違いないでしょう。ITコーディネータとしては、特に「デジタル社会における経営環境の変化」について、どのような経営を行っていくべきかについて専門家である必要があると思いますし、そうしたデジタル社会に対応した経営手法をデジタル経営と言っているわけです。

また、「多様かつ大量の情報」というのはビッグデータのことです。それがデジタル経営の定義において「データと(ITの利活用)」というようにデータという言葉を加えた理由です。

PGL4では、基本的に「デジタル」という言葉をデジタル社会そのものや、データの活用によるイノベーションを表すもの、「IT」はデジタルを実現するための手段・技術として使っています。

ITコーディネータは歴史的経緯とその伝統(25年程度ですが・・・。でもITの世界での25年は決して短くないでしょう)から「IT」という言葉を頂いていますが、実質的にはPGL4を使ってデジタル経営を推進する、デジタル経営コーディネータになるべきということではないでしょうか。(で、PGL5が出る頃には、また次の時代変化に合わせた言葉が登場しているはず。)

この、IT経営とデジタル経営について、ITコーディネータ協会の公式見解として、「IT経営を包含し、さらにはデジタルを前提とした社会の中に溶け込むための営みを指し、ビジネスモデル変革などの意味も持つ」としていることを注記しておきます。
IT経営を捨ててデジタル経営ではなく、デジタル経営はデジタル社会の実現に向けた広い取り組みであり、IT経営はその中に包含されているというわけです。

ということで、IT経営とデジタル経営について整理しました。
先に掲げたITシステムへの価値観で、いまは「無意識」の時代に入っています。ビジネスとITは一体不可分なものであり、ITは無意識に使っているものです。
DXレポートや、デジタルガバナンス・コードにおいても、「ITシステムとビジネスを一体的に捉え、新たな価値創造に向けた戦略を描いていく」というようにDXの時代ではビジネスとITは一体であり、それがデジタル社会における経営戦略の大前提です。

ITコーディネータとしては、このような考え方を基本として、今後も活動していきたいと思います。

この記事を書いた人

井上 研一

株式会社ビビンコ代表取締役、ITエンジニア/経済産業省推進資格ITコーディネータ。AI・IoTに強いITコーディネータとして活動。画像認識モデルを活用したアプリや、生成AIを業務に組み込むためのサービス「Gen2Go」の開発などを行っている。近著に「使ってわかった AWSのAI」、「ワトソンで体感する人工知能」。日本全国でセミナー・研修講師としての登壇も多数。