会社法とコンプライアンス

11月14日の「新会社法も格差社会を助長する」というエントリーで、浜辺陽一郎さんの「会社法はこれでいいのか」の前半部分を紹介しました。
それに続いて、このエントリーでは後半を紹介します。後半のテーマになっているのは、コンプライアンスです。

新会社法によって、会社の機関設計の柔軟性は大幅に増しました。今まで色々な制限があったのが取っ払われて、その代わりに経営者が自ら、どういう機関設計をするのが自分の会社にとって、もっとも良いことなのかを考える時代になったといえます。

形式的なことのためにコストをかける必要はなくなりましたが、その代わり、実質的に役に立つような監査システムや内部統制システムを、しっかり整備してゆくことが必要であるというのが、会社法の眼目なのです。

世の中に目を向けると、色々な会社による偽装事件が連日報道されています。世間の目は厳しくなる一方です。いかに自らの会社が不正をやっていないと証明できるか、それが重要な時代になっているのは今さら言うことではありません。そこで、会社の機関設計をいかに行うか、いかに不正を行い辛い、不正をすぐに発見でき是正できるようにするかが重要です。そこで重要になるのが、コンプライアンスの考え方です。

しかし、コンプライアンスと聞けば苦い顔をする一般社員は少なくありません。大抵、コンプライアンスというと面倒な作業が降ってくるものだからです。実をいえば、私もそうでした。本質的な仕事とは異なる作業をやらされる。もっと、自由にやれせてくれよ…というわけです。
本書では、コンプライアンスを以下のように説明しています。

たとえば、食品の賞味期限がどの時点から起算されるかは決まっていません。しかし、それは企業倫理に照らしてどうかという判断をすれば、その道の人であれば分かるでしょうということなのです。そして、企業倫理を踏まえた判断をすれば、多くの場合は、法律にも違反していないことが多いのです。(逆に、表面的な法律論だけで押しても倫理的であるとは限りません。)

必要なのは企業人としての倫理だというわけです。
たしかに、「コンプライアンス対策のために、○○の作業をやることになりました」と、会社の上のほうから指示が飛んでくると、何だか押し付けられたようで、いやな気分になるものです。いやな気分になったら、当然、その作業にも力が入らないものです。しかし、会社の上のほうは上のほうで考えた結果、出てきた指示なのだろうとも思います。おそらく、その作業は必要なのです。つまり、問題の本質は、実際にその作業を行う社員が、その作業の必要性をどれだけ理解しているか。その理解が、本心からのものか…ということでしょう。逆に言えば、前線に出ている社員がコンプライアンスを押し付けられるのではなく、企業人としての倫理を持っていれば自然と湧き上がってくるもの、それが理想なのかもしれません。実際は、そう簡単なものでもないと思いますし、本書の範囲とも異なりますから、また別の機会に考えることにしましょう。(一つ補足すると、本書において、「企業倫理の内容は誰が決めるのかというと、基本的にはマーケット」という指摘がなされ、企業の側とすれば「これがマーケットにバレたとしたら、一体どうなるのか」ということを考えながら判断すべきとアドバイスされています。)

会社法における会社の機関設計において、コンプライアンスと切っても切り離せないのは、監査にまつわる機関の設計です。
会社法では、

  • 監査役監査
  • 外部監査としての会計監査人 …公認会計士または監査法人のみ
  • 会計参与(これを内部監査と呼ぶかは議論のあるところ) …税理士または公認会計士のみ

による、三様監査が整備されています。もちろん、すべての会社がそのすべてをやるというわけではなく、会社の規模や公開非公開の別によって、組み合わせがあるわけです。つまり、会社法らしいメニューの提示なのです。また、会社法だけでなく、公開会社に関してはSOX法で監査に関する別の規定がありますから、それと組み合わせて機関設計を行わなければなりません。

さて、2回に渡って、「会社法はこれでいいのか」を取り上げました。私にとっては、行政書士試験の出題科目として会社法があり、行政書士業務としても会社設立は主要な業務の一つと認識しています。会社設立の際に、コンプライアンスを踏まえたシステム整備、機関設計の相談を受けることもあるでしょう。その際に必要なのは、まず会社法の正確な理解であり、「クライアントの企業にとって」、どういう組み合わせがふさわしいのかを判断するマッチングの力だと思います。会社法は、本書で強調されているように「形式から実質へ」。国がすべてを決めて規制していくのではなく、企業が社会の中で責任を果たしていくために、自らが自発的に活用していく法律です。そうである以上、会社を作り、経営するという場面で、リーガルマインドの重要度は確実に増していきます。会社法は、引き続き研究テーマにしようと考えています。

この記事を書いた人

井上 研一

株式会社ビビンコ代表取締役、ITエンジニア/経済産業省推進資格ITコーディネータ。AI・IoTに強いITコーディネータとして活動。画像認識モデルを活用したアプリや、生成AIを業務に組み込むためのサービス「Gen2Go」の開発などを行っている。近著に「使ってわかった AWSのAI」、「ワトソンで体感する人工知能」。日本全国でセミナー・研修講師としての登壇も多数。