AIはインターネットほどは儲からない

2017年くらいからAIについて教えるというお仕事をしています。教える相手は主にITコンサルタント(ITコーディネータ)やITエンジニア(SE、プログラマ)などですが、一般の社会人の方や高校の先生などに対しても講師役を務めることがあります。

当然、どういったバックグラウンドの方がメインかによって、教える内容を変えるのですが、できるだけ実習は入れるようにしています。Pythonでディープラーニング…という内容を入れることもありますが、ほとんどはIBM WatsonのAPIを呼び出してモデルを作るくらいです。それでも、AIがどういうものかは分かりますからね。

ただ、そろそろAIブームも冷めてきているような気がして、単なるブームからちゃんと役に立つの?(ありていに言えば儲かるの?)に変わってきているような気もします。もちろん、その人のバックグラウンド次第で、ITコンサルタントやITエンジニアといった比較的AIに近い人たちが先にブームになって先に冷めるので、そうでない一般の方たちはもう少し遅れてついてくる感じはありますが。

で、そろそろブーム頼みは終わらせないといけないのですが、じゃあ、AIって儲かるの?という課題(受講者の期待)にも回答を準備する必要が出てきます。

AIをやっていて儲かるか

私の結論からいうと儲かりません。

そもそも「AIで儲かる」ということは何を指すのかを定義しないといけないのですが、AIのモデルを作るだけ、その技術を売るだけといった純粋にAIだけを扱う市場は儲かりません。大きなお金が動くかもしれませんが、それは大企業と技術的にかなり突き抜けているベンチャーの間だけといったところでしょう。売上が1兆円を超える規模の日本を代表するような会社において、純粋なAIの売上は、数年後でもせいぜい1%(100億円規模)に届くかどうかでしょう。

ただ、AIを使って何か別のサービスを立ち上げるとか、ビジネス規模の拡大を目指すということなら、可能性があります。今後生まれてくるサービス(Webサービスとかアプリなど)のほとんどには、どこかでAIが使われているはずです。だから、AIを使っていないサービスとは利便性やコストの最適化などの点に差が出て、AI使わなきゃ…ということになる可能性は大です。ただ、そうした企業の売上ををAI市場の売上に算入して良いのかというと疑問符が付きます。それを算入して良ければ、世界中のGDPのほとんどはIT市場に入れて良いことになりますから。(ITが活用されていない業種はほとんど存在しない)

インターネット革命とAI革命の違い

AIが儲かると期待している人の多くはインターネット革命のことを想起しているのではないかと思います。たしかにインターネットの登場が社会に与えた影響は凄まじく、猫も杓子もインターネットにつながっているのが現代社会です。たいていのモノはAmazonか楽天で買うし、テレビは動画サービスに変わるし、電話しなくてメールかSNSだし、年賀状もSNSだし、とにかくインターネットです。

インターネットが凄かったのは、ビジネスの「場」を創出した点にあると思います。それまでリアルの世界で行われていたビジネスのほとんどをネットの世界に持って行ってしまった。だから、その「場」に参入しないことには商売ができない。だから、どんな企業もインターネットとの接点を作らざるを得ないし、消費者側もその「場」につながらなければモノを買ったりサービスを受けたりできないのだから、猫も杓子もネットにつながるしかない。プロブロガーとかYouTuberという職業が生まれたのも、「場」があったからで、その「場」へのサービス提供側としての参入障壁がないに等しいからです。

だから、インターネット革命は儲かったのです。猫も杓子もなんだから、技術的な深さよりもとにかく幅を広げることが大事。面的な拡大をするということは、比較的誰でもできるような仕事がたくさん生まれたということであり、儲かる。1億円の売上が1つできるんじゃなくて100万円の仕事が100個生まれた。というか1万個くらい生まれたようなイメージ。

でも、AIはそういう「場」を生み出すような技術ではありません。猫も杓子もAIやらなきゃとはならない。だからAIを面的拡大するようなビジネスは生まれないし、必要ない。もちろん、みんながAIの恩恵をじわじわ受けるようにはなっていくと思うけれど。

AIは何を変えるか

じゃあ、AIって何の役に立つんだ?何のためにAIを勉強するのだ?と思うでしょう。だって、儲からないんだぜ…と。たしかにそうなのかもしれないけれど、AIが世の中を変えていくことも間違いなくあると思うのです。だから、その世の中を変えていく側に立ちたい人はやっぱりAIを勉強した方が良いのではないかと。

最適化・スマート化

大上段に構えて言うと、経済とか政治、会社の経営といったものは資源の最適配分をいかに行うかです。天然資源や食料を世界中でどう配分するとみんなが幸せになるのか、従業員の労働時間を何に費やせば最も生産性が高く利益が出て、給料が上がって…となるのか。働き方改革というのは労働時間を削るのが目的ではなくて、労働時間という限られた資源をどんな作業に振り向ければ良いかなのだから、その資源配分を最適にすることは極めて重要です。

AIの主要タスクの1つは、この最適化にあります。過去の取り組みの中から最適化されているような事例を取り出し、そのデータを学習し、最適な資源配分モデルを作る。機械学習的に解ける問題もあるだろうし、従来からの統計とか数理モデルももちろん活用できる。(それをAIと言って良いのか?という議論は不毛なので、気にしない。)

ただ、これを実現するには資源配分に関係する要素がすべてデータ化されているのか?という課題があります。機械学習はすべからく説明変数を与えて目的変数を導出するものなので、説明変数が不十分にしか揃っていないと導出される目的変数は信頼に値しないものになります。そのデータ化がかなり実現されているのは、実はインターネットという「場」で成立している取引。ユーザーがWebサイト上でどのような行動をしているのかはかなりデータとして取れるし、そのユーザーのバックグラウンドを知るために多くの企業が連携してポイントカードとか決済サービスでユーザーを囲い込んでデータを共有することも今まさに展開されていることです。そうした領域ではAIは非常に高い期待があるし、それなりの成果も今後出てくるでしょう。

こうした最適化の取り組みを格好良く言えば「スマート化」という最近の流行り言葉になりますね。

デジタル化領域の拡張

もう一つAIの効用として期待できるのは、デジタル化された領域を拡張することです。先に、「関係する要素がすべてデータ化されているのか?」ということを書きましたが、まだデジタル化されていない領域をデジタル化すれば、データを得ることができます。そこで、AIが活用されます。

例えば画像認識はその最たるもので、店舗への来客数とか商店街の人の流量といったことはカメラと画像認識によってデータ化することができます。AIの活用形態の一つに「コグニティブ(認識する)AI」があり、IBM WatsonやAmazon Web Services、Google Cloudなどで提供されるAIのAPIサービスの多くは人の目・耳・文章の理解(脳の活動の1つ)といったコグニティブな機能を提供しています。コグニティブAIは目の前の現実を意味のあるデータに変換する処理を担当するものであり、その活用によって最適化のための機械学習における説明変数を増やすことができます。

また、この分野ではAIに頼るほどでもなく、既存のセンサーとIoTの仕組みがあれば十分対応できる領域がたくさんあります。実際にはIoTを主軸に、コグニティブAIが補助する形でデータ化された領域は拡張していきます。そのデータ化されていく領域の主戦場は、もちろんリアルの世界です。世界的にはUber、日本ではJapanTaxiやMOVの登場によってタクシーはすっかりデジタル化しました。デジタル化とは、インターネットが生み出したネット上の「場」をリアルの世界に拡張するということなのです。(ネット上は最初からデジタル化されているので。)

知見の普遍化

もしかするとこの知見の普遍化が、世の中的にはもっともAIっぽいと思われる部分かもしれません。画像診断でお医者さんのかわりに病気を見つけてくれるとか、弁護士の代わりに有用な判例を見つけてくれるとか、そういった類のAIです。

お医者さんとか弁護士さんというのは希少価値の高い人的資源なのですが、その知見の一部をAIモデル化することができれば多くの人々がその知見の恩恵を受けることができるので、資源の最適配分の一手法と言えるかもしれません(限られた資源を配分するというより、資源をデジタル化して無限の資源=コストゼロにする)。インターネットが生み出した「場」は、リアルの世界では人手でやっていた注文取りの作業をコンピュータによって自動化し、24時間営業の店舗を作り出しました。それと同様のことが、高度な知見が必要とされる領域でも起こり得るということです。

AIを捉えなおそう

AIはあくまでツールに過ぎません。インターネットもツールに過ぎませんが、それが「場」を提供するものであったため、江戸時代の「橋」のように様々な商売、文化を生み出しました。(江戸時代は、橋が広場のような役割を果たした。)

残念ながらAIは「場」を生み出すような技術ではないので、インターネットほどの衝撃を世の中にあたることはないし、それほどは儲からないでしょう。どちらかというと、AIは既にできあがったインターネットという「場」をよりスマートにし、「場」をネットの世界からリアルの世界に拡張するための役割を果たします。

そういう意味では、AIは猫も杓子もが学ぶべきものではなく、AIには高倉健も「タッチおじさん」も不要です。(その昔、インターネットブームのころに富士通のパソコンのCMに高倉健と「タッチおじさん」が登場していた)

ただ、既にインターネットが当たり前になり、読み・書き・そろばんと同様のレベルでITの知識も必要になっていますから、そのITと同じレベル(というかその一要素として)でAIの知識も必要というくらいにはなるでしょう。それはビジネスマンにとってはよりスマートなビジネスを生み出すためでしょうし(AIそのものをビジネスにするわけではない)、エンジニアにとってはそれをAI技術などを使って作るためでしょうし、消費者にとってはAIが当たり前になった世の中について学び、自分のデータがどのように取り扱われているかを知るためでしょう。

AIブームはもう終わり。残念ながらインターネット革命ほどのことは起こらないし、それほど儲からないけれど、インターネット革命が作り出した(まだ、「作り出そうとしている」かもしれない)この世の中をさらにスマートにバージョンアップしていくためにはAI(とIoT)はどうしても必要。それが今のところでの私の結論です。

ざっと小一時間程度で書いたこの文章ですが、この3年間くらいAIについて作ったり、書いたり、喋ったりをやりながら考えてきたことをうまくまとめられたかなという気がしています。

この記事を書いた人

井上 研一

株式会社ビビンコ代表取締役、ITエンジニア/経済産業省推進資格ITコーディネータ。AI・IoTに強いITコーディネータとして活動。画像認識モデルを活用したアプリや、生成AIを業務に組み込むためのサービス「Gen2Go」の開発などを行っている。近著に「使ってわかった AWSのAI」、「ワトソンで体感する人工知能」。日本全国でセミナー・研修講師としての登壇も多数。