洋泉社新書から出ている城田真琴さんの「今さら聞けないクラウドの常識・非常識」という本を読んだ。IT業界に携わる者として、クラウドという言葉は散々目にしていたし、日経新聞にも何度も取り上げられていたからIT業界を超えて言葉が広まっていることも知っていた。でも、恥ずかしながら突き詰めて考えてみたことはない。そんな私にとって、うってつけの一冊だった。
私、個人としては、クラウドの恩恵は既に受けている。メールはGmailを使っているし、Googleカレンダーも使っている。何しろ携帯電話がAndroidだから、Googleのクラウドは使わざるを得ない。それに、時折はGoogle Docsも使う。DropboxとSugarsyncは併用している。Evernoteも使っている。これらはすべてクラウドサービス。いわゆる個人向けSaaS(Software as a Service)である。
しかし、私の仕事場であるIT業界。BtoBのSIerにおいて、クラウドは身近か?といえば、まだ、そういう状況ではない。そもそも、クラウド上でのシステム開発が一般化するのかも分からない。個人や中小企業にはある程度普及しても、SIerの主戦場である大企業は採用するのだろうか。そう思っていた。
この本を読んでみて、どうやら普及は始まりつつあるのかもしれないなと、印象が変わった。だが、私のようなアプリケーションエンジニアにとって、クラウドだからといって何かやることが変わるのか?といえば、特に何も変わらないのかもしれない。
クラウドのメリットとして、本書では以下の5点を挙げている。
- 設備投資がいらない
- すぐシステムが使える
- 人材、労力の効率化
- 一時的な利用が可能
- 無限のITリソースが利用できる
いずれも企業の情報システム投資の観点から見ると大きなメリットである。とにかく、一気に何かのサービスを始めようとする時、それがコンシューマ向けであって反響次第でどれだけのシステム負荷がかかるか読めないような時、こうしたメリットは非常に大きく出るだろう。地方自治体の定額給付金システムや、政府のエコポイントシステムをクラウドでやったという実例があるが、まさにこうしたメリットにぴったりとはまる例だといえる。
しかし、こうしたメリットは投資面やインフラ面のことであって、その上で動くアプリケーションは、いままでどおり開発するしかないのだ。HaaS(Hardware as a Service)やPaaS(Platform as a Service)はもちろん、SaaSであってもERPのカスタマイズ案件のようなものだ。
クラウドは、CPUの利用時間などで課金が決まるし、ネットワーク越しだから遅延も気になる。だから、そうしたことを前提にした設計が必要だという話も聞いたことがある。しかし、既にクラウドサービスは十分に安価だし(国内で展開されるであろう企業向け高品質クラウドは高価かもしれないが、いずれ安価になるに違いない)、ネットワークインフラも今後さらに拡充されるだろう。だとしたら、それほど不安視することなのだろうか。
本書ではJTB情報システムの北上真一取締役副社長のインタビューも掲載されている。
北上 極端な言い方ですが、「社内で所有するITリソースはトータルで見たら10%ぐらい、残りの90%はクラウド上で稼働」という考え方です。
たとえばデータベースとか、そういう重要なものだけは100%社内で持っていて、そのバックアップは外部にあるのかもしれません。アプリケーション系だったら10%が社内で動いて、90%は外で動いているというイメージです。トータルで10分の1くらいが社内で稼働している程度が適正ではないでしょうか。
城田 自社内で持つのが10%だけという話になってくると、情報システム部門のあり方もIT人材のキャリアも変わっていかざるを得ないと思うのですが、どのようにお考えですか。
北上 変わっていく可能性はありますが、開発自体は絶対なくならない。企業からITをなくしてしまうと、さらにいうと世の中自体がもう成り立たない構造になってしまいます。
城田 恐らくアプリケーションをきちんと書けるエンジニアはこれからも必要で、インフラ周りの、たとえば運用をしていた人間は徐々に少なくなっていく。
北上 開発の人材が足りない状態ですから、横展開でそういう方向に変えていくことになっていくと思います。
このように答えた上で、北上氏はニコラス・カーの「クラウド化する世界」を引いて「企業内のIT部門はビジネスロジックに集中することで、その存在感と重要性は増大する」と述べている。
アプリケーションエンジニアとして、今後もクラウドの動向を追いかける必要はあると思う。しかし、それ以上に自らの基本的な実力を伸ばしていくことが肝要だろう。顧客の要件を理解する力、システム化出来るレベルまで要件を深掘りし、かつ既存システムとの整合性を担保していく力、そして、それを出来るだけ早くまとめていく力だ。
ビジネスのスピードは今後も上がる一方だろう。インフラはクラウドでそのスピードに追随出来る方法を手に入れた。あとはアプリケーションがそのスピードに付いていかなければならないのだ。