美しい建物のような情報システム

美しい建物を見ると、良い気持ちになる。

その造形や周囲の風景、自然との調和は心の琴線に触れる。その建物の中に自分が入っていくことによって得られる体験を予期して、また心は豊かになる。

私は建物が好きだ。新しい建物はそれだけでワクワクする。古い建物には歴史と今まで生きながらえてきた強さを感じ、厳粛な気分になる。その建物が考え込まれた作りであると感じたとき、畏敬の念を持つ。シックでスタイリッシュな空間を感じると、自分の気持ちも引き締まる。

建物は、人間が生み出した構造物(アーキテクチャ)である。

ITシステムもまた、人間が生み出す構造物(アーキテクチャ)である。

(こうした建築と情報システムのアナロジーは、プロジェクトでの仕事の仕方の部分や、コンポーネントと言った部分で取り上げられることが多い。私は、もっと建物と情報システムの効用の部分のアナロジーに触れても良いと思う。建物は空間を作りだし、情報システムは情報空間を作り出す。だから、「拡張する空間」って本になるのか・・・)

ITシステムは、美しい建物のように、人の心を動かすことが出来るだろうか。

そうしたものも、あるように思う。私はApple信者ではないが、Appleの作るものは、人の心を動かす。iPhoneやiPadの造形美はいわずもがなであるし、iTunesとの連携の様子は美しい。GoogleのGmailやGoogleMapsもまた素晴らしい。EvernoteはPC向けソフトウェアの使い勝手で少々難があるように思うのは残念だが、その発想と情報のデザインは美しいと思う。

(ところでGoogleのサービスは、Googleアカウントを丸ごと削除しなければ、各サービスで持っている情報を削除できないような仕掛けのものが多い。これはGoogleの方針、Googleの思う美しさなのかもしれない。ただ、その方針は私は嫌いだし、美しくないと思う。・・・かように、美しさという判断基準は往々にして個人の恣意的判断によって下されるのは残念であり、やむを得ないことである。)

ただ、気になるのは、そうした美しいITシステムがコンシューマ向けの既製品として登場していることだ。私が仕事にしているエンタープライズ向けの業務システムが美しいかというと、それは疑問を感じざるを得ない。

これがスーツのような洋服なら、既製品よりオーダーメードの方が美しいに決まっている。少なくとも、オーダーした人にとっては。それなのに、オーダーメードの業務システムが、オーダーした会社にとって美しく感じられない(少なくともそれを提供している私が美しいと感じていない)のは、なぜだろうか。

それは、私自身が美しいものを作ろうという努力を怠ってきたからで、自分がそれしか知らないからだ、という批判は甘んじて受けよう。ただ、それだけか?どうも、それは違うように思う。

そもそも、美しいITシステムとは、何なのだろう。美しさの判断基準など人それぞれだとは思うが、私なりの定義は、ユーザエクスペリエンスの美しさ(単に見た目が美しいと言うだけではなくて、ユーザが体験することすべてが)と、情報デザインが考え込まれていることだ。

問題は、いままでの情報システムの開発は、とにかく作り上げて動かすことで精一杯になっていて、こうしたことまで頭が回っていないことだ。

こうしたことこそ、私が思うITアーキテクトがやるべき仕事そのものである。私は、そういう仕事がしたいと思っている。

この記事を書いた人

井上 研一

株式会社ビビンコ代表取締役、ITエンジニア/経済産業省推進資格ITコーディネータ。AI・IoTに強いITコーディネータとして活動。2018年、株式会社ビビンコを北九州市に創業。IoTソリューションの開発・導入や、画像認識モデルを活用したアプリの開発などを行っている。近著に「使ってわかった AWSのAI」、「ワトソンで体感する人工知能」。日本全国でセミナー・研修講師としての登壇も多数。