近代経済学の成立と進展

19世紀末の限界革命から、20世紀前半までの経済学史について述べる。

この時期の経済学は、近代経済学の成立期である。近代経済学は、~マルクス経済学に対立する理論として、~非人格的な経済法則によって自立的な展開を続ける資本主義経済の緻密な分析装置として、~当時は特に豹変的な変貌が続いた資本主義社会に合致した各時点での経済像描写の必要性があったことにより、成立した。

その端緒となったのは、19世紀末の限界革命といわれる限界効用学派の成立である。レオン・ワルラス、カール・メンガー、ウィリアム・ジェヴォンズの3人が、それぞれ独立に著した論文によって限界効用学派は成立した。その成果は、限界という手法で数学を用いた緻密な経済分析を可能にしたことである。また、価値論においては、それまでの労働価値論から、効用の定義によって主観価値論に転換させた。つまり、価値とは商品を作る際の投入要素費用ではなく、商品から消費者が受け取る限界価値と定義したのである。

上記の3人のうち、最も評価されるのは、一般均衡理論を述べたワルラスである。古典派経済学においてスミスが自然価格という概念で需給メカニズムを説明したが、それは1つの財においてのみである。一般均衡理論は、多くの財を含む市場全体が、同時に、すべての財において均衡する需給メカニズムに関する理論の分析である。ワルラスは、ローザンヌ学派の始祖となり、後にヴィルフレド・パレート、ヨーゼフ・シュンペーターらが続いた。

経済学史において、限界革命以降の近代経済学を広義の新古典派という。(特に初期の)新古典派は、従来の古典派と同様に経済の自由放任主義を主張し、国家の経済的介入を不要とした。つまり、自由な価格メカニズムによって資源の最適配分を決定する価格比率が実現され、賃金メカニズムの作用によって持続的かつ全般的な失業は発生しないというのである。

ここに修正を加えたのが、アルフレッド・マーシャルを始祖とするケンブリッジ学派(狭義の新古典派)である。マーシャルは、限界効用学派の理論を引き継ぎつつ、所得再配分のための国家の経済への介入を求めた。自由放任主義から、修正資本主義への転換である。また、アーサー・ピグーは「厚生経済学」において、各個人が享受する効用の総和を経済的厚生と呼び、その増大のための提案を行った。また、内部経済と外部経済及び不経済の不整合が激しい場合に、やはり国家の介入を求めた。また、後にケインズ革命を起こすメイナード・ケインズもケンブリッジ学派の流れを汲み、「自由放任の終焉」を著している。

こうした新古典派は、20世紀の前半、およそ1930年代まで資本主義社会の経済学の主流であった。しかし、1929年に発生した世界大恐慌や、E・H・チェンバリンやJ・ロビンソンによる、それまでの均衡的理論構成が前提としていた完全競争を覆す、独占的な不完全競争の理論によって、下火となっていく。

特に世界大恐慌等によって資本主義社会が直面した現実的危機は、新古典派においては解決出来なかった。ここで、その現実的危機から脱出策をテーマに目覚しい活躍を見せたのがケインズである。ケインズ革命ともいわれるその成果は、1936年の「雇用、利子および貨幣の一般理論」によって述べられている。その内容は、~それまで暗黙的に前提とされていたセーの法則を否定し、投資と消費からなる有効需要が産出量を決めるという有効需要論、~投資が貯蓄を決めるという乗数理論である。こうした理論は、価格理論に代表されるミクロ経済学に対するマクロ経済学の理論であり、ケインズは現在につながるマクロ経済学をほぼ1人で成立させたのである。

新古典派は完全雇用を保証する、価格弾力性による自動調整の出来る経済社会像を前提としたが、現実にはそのような機構は存在しないのとして、ケインズは不完全雇用下の均衡をテーマとした。失業と不況の原因を解明するという、資本主義社会の経済的課題に正面から対峙したのである。その回答は、有効需要論に基づき、国家の介入による有効需要の創造であった。具体的施策は、公共投資である。この回答は、新古典派の「自由放任と小さな政府」という経済社会像の理想に代わる、新しい経済社会像となるものであった。

こうしたケインズ理論は、ケンブリッジ学派の修正資本主義の理論武装となり、また、ケインズ学派を構成した。ケインズ学派の代表は、ロビンソン夫人や、元はローザンヌ学派のポール・サムエルソンである。サムエルソンは、基本的に短期の問題を解決する理論であるケインズ理論を、長期の理論である新古典派で補強し、新古典派総合を提起する。新古典派総合は20世紀中葉の資本主義経済圏の経済政策の理論基盤となった。

このように、この時期の資本主義社会の経済学は、古典派から続く自由放任主義から、国家の経済への介入を要求する修正資本主義への転換の過程だったのである。

<参考文献>
根井雅弘「経済学のことば」講談社現代新書、2004年
ロバート・L・ハイルブローナー/中村達也・阿部司(訳)「私は、経済学をどう読んできたか」ちくま学芸文庫、2003年

この記事を書いた人

井上 研一

株式会社ビビンコ代表取締役、ITエンジニア/経済産業省推進資格ITコーディネータ。AI・IoTに強いITコーディネータとして活動。2018年、株式会社ビビンコを北九州市に創業。IoTソリューションの開発・導入や、画像認識モデルを活用したアプリの開発などを行っている。近著に「使ってわかった AWSのAI」、「ワトソンで体感する人工知能」。日本全国でセミナー・研修講師としての登壇も多数。