企業再編(M&A)の方法を整理してみよう

昨日、楽天KCと楽天クレジットの再編をテーマにして会社分割について説明しました。企業再編の方法は他にもいくつかあることについても触れたわけですが、今日はその辺を総括的に整理してみたいと思います。

  • 買取
    • 株式取得
      • 株式譲渡
      • 募集株式の割当
      • 株式交換
        • 株式交換(吸収型)
        • 株式移転(新設型)
    • 事業譲渡
      • 全部の譲渡
      • 重要な一部の譲渡
      • 重要でない一部の譲渡
  • 合併
    • 吸収合併
    • 新設合併
  • 分割
    • 吸収分割
    • 新設分割

昨日も見たツリーですが、もう一度登場です。

見分けるポイントは、「会社組織そのものが変化するのか、株主が変わるだけなのか」というのがあります。
前者にあたるのは事業譲渡、合併、分割です。後者は株式取得が相当します。
「吸収タイプか新設タイプか」というのポイントもあります。吸収とは既存の会社にもう一方の会社の事業または資本の全部または一部を移す形態であり、吸収合併、吸収分割、株式交換があります。新設とは会社の事業または資本の全部または一部を、新たに作った会社に移す形態で、新設合併、新設分割、株式移転があります。

合併、分割、株式交換・株式移転は会社法でその契約の方法が定められた企業再編の形態であり、やりたいことは違っても制度は似通っています。一方、事業譲渡も会社法上での規定はありますが、契約は純粋な民法上の契約として行われます。

手続上の論点は何か

企業再編はどの方法でも、概ね以下のような順序で行われます。

  • 当事者間での交渉と取締役会での決定
  • 当事者間での契約(新設型では当事者の計画)
  • 株主総会の特別決議による契約・計画の承認
  • 反対株主の株式買取請求
  • 債権者保護手続
  • 効力の発生、登記等

企業再編に関する手続上の論点は、(1)株主総会決議を省略する方法があるか、(2)反対株主の株式買取請求権はあるか、(3)会社債権者の保護はどうやって行うのか、(4)従業員の承継をどうするかといったことです。

企業再編は会社にとって非常に重要な決定事項になりますので、株主総会の特別決議を必要とします。基本的にすべての手法において必要です。
但し、簡易手続と略式手続という株主総会決議を省略できる規定があります。簡易手続とは再編の対象となる資産規模が小さい場合、わざわざ株主総会を開かなくても良いだろうという規定です。
略式手続とは当事者が親会社と子会社のようなケースで、その子会社側では株主総会を開いても出席者は親会社になるのだから、当然賛成するはずであり、それならばわざわざ株主総会を開かなくても良いという規定です。

反対株主の株式買取請求権も基本的にすべての手法において認められます。それだけ企業再編は株主にとって重要な決定事項なのです。

それでは、合併、分割、交換、事業譲渡の順にそれぞれの論点を見ていきましょう。

合併

合併は2つの会社を1つの会社にすることです。一方の会社が存続会社となる吸収合併と、両方の会社を消滅させて新しい会社を作る新設合併があります。新設合併では営業に必要となる許認可を取り直すといった手間があるため、一般的には吸収合併の方法が選択されます。
消滅会社は債務超過になっていても合併可能です。株式会社と持分会社(合名・合資・合同会社)の合併も可能です。

(1)簡易手続、略式手続の方法が認められています。但し、新設合併の場合は一方の会社がまだ存在していないことから親子会社の関係が既に成立していることはあり得ないので、略式手続をとることができません。
消滅会社の株主には一般的には存続会社の株式が対価として与えられます(新会社法では対価の柔軟化が図られているため現金でも構いません)。(2)消滅会社の反対株主・新株予約権者・存続会社の反対株主は、株式買取請求権・新株予約権買取請求権の行使が認められます。
(3)債権者保護は、債権者に対して異議申し立てができる旨を公告または個別に催告するのみで、異議申し立てがあった場合に対応すれば良いことになっています。
(4)従業員の承継は、一方の会社は消滅してしまうため、当然に存続会社に承継されます。

分割

会社分割は1つの会社を2つに分けることです。一方は元の会社に残り、切り離した方は別の会社に吸収される吸収分割と、切り離した方で新たな会社を作る新設分割があります。

(1)簡易手続、略式手続の方法が認められています。新設分割では略式手続ができないのは新設合併と同じです。(2)反対株主・新株予約権者の買取請求権行使も可能です。
債権は、そもそもすべての債権が存続会社に移行する合併とは違い、分割契約・計画によって債権が分割元と分割先のどちらに帰属するかが決まります。しかし、(3)債権者保護の観点ではどちらの会社でも財務状況が大きく変動することになるため、合併と同様の債権者保護手続をとる必要があります。
(4)従業員の承継についても、すべての従業員が存続会社に移る合併とは違い、分割契約・計画によって従業員の所属する会社が決まります。分割する事業に従事する従業員が分割先に移籍しないことになっている場合は異議を申し立てれば移籍でき、分割する事業以外に従事する従業員が分割先に移籍することになっている場合は異議を申し立てれば残留することができるのは、昨日書いたとおりです。

株式交換・移転

株式交換・移転は親子会社を作ったり、ホールディングス制に移行する際によく用いられます。例えば会社Aと会社Bがあって、会社Bの株式すべてを会社Aの株式と交換すると、会社Aは会社Bの完全親会社となります。これが株式交換です。
会社Xと会社Yがあって、両社で新たに会社Zを作り、会社Xと会社Yの株式すべてを会社Zに移し、その対価として会社Zの株式を渡す方法が株式移転です。こうすると、純粋持株会社である会社Zを中心とするZホールディングスができ、会社Xと会社Yはその傘下に入るということになります。

(1)簡易手続、略式手続の方法が認められています。新設型にあたる株式移転の場合は他の新設型と同様に略式手続はできません。(2)反対株主の買取請求権が行使可能です。
株式交換・株式移転は株主の変動があるのみで、会社の財務状況には特に変動がありません。そのため、(3)債権者保護手続は原則不要です。しかし、株式交換で完全子会社となる会社の株主に対して完全親会社となる会社の株式以外を対価として交付する場合、債権者保護手続をとる必要があります。
繰り返しになりますが、株式交換・株式移転は株主の変動があるのみですから、会社組織そのものには特に変動がありません。そのため、(4)従業員の承継はそもそも生じません。

事業譲渡

事業譲渡は会社の事業の全部または一部を、他の会社に譲渡することです。会社の事業を全部譲渡するって何のことだ?と思うかもしれませんが、既存の事業をすべてやめて、他の新しい事業を始める際には、このような方法を採ることもあります。

事業譲渡では株主総会の特別決議が必要なケースが限定されています。譲渡会社の全部の事業を譲渡する場合では譲渡会社と譲受会社の両方、譲渡会社の重要な一部の事業を譲渡する場合は譲渡会社のみにおいて株主総会決議が必要となります。それ以外ではそもそも株主総会決議は不要です。
その上で、(1)略式手続は株主総会決議が必要なすべての場合において認められ、簡易手続は全部譲渡の場合の譲渡会社での株主総会決議を除いて認められています。
(2)反対株主の株式買取請求権は認められています。
(3)債権者保護と(4)従業員の承継については、事業譲渡が民法上の契約に過ぎないために特別な規定がなく、従ってすべての債権者、すべての従業員から個別に承諾をとる必要があります。

この記事を書いた人

井上 研一

株式会社ビビンコ代表取締役、ITエンジニア/経済産業省推進資格ITコーディネータ。AI・IoTに強いITコーディネータとして活動。画像認識モデルを活用したアプリや、生成AIを業務に組み込むためのサービス「Gen2Go」の開発などを行っている。近著に「使ってわかった AWSのAI」、「ワトソンで体感する人工知能」。日本全国でセミナー・研修講師としての登壇も多数。