自分を欺かない

渡部昇一氏の「知的生活の方法」という本は、私にとっては子供の頃から読んでいる愛読書です。今でも、たまに読みたくなります。

最初に読んだのは小学生か中学生の頃で、まだこの本の何たるかが分かってなかったかもしれません。
でも、カードシステムや書斎への憧れは生まれました。

真田は大学で化学を専攻し、卒業後は小さな町工場の技師になった。そこは同族会社であり、研究設備もろくにないようなところであった。つまり真田は、社内の地位の昇進の面でも専門の業績の面でも、前途のあまり明るくない状態に置かれたのである。このとき、真田は何をしはじめたか。カードを作りはじめたのである。戦前のことであるから、まだ高分子化学というような学問の名前もできていなかったのであるが、真田は接着剤に興味を持っていたので、接着性に関係のある文献のデータは残らずカードにとって、分類しておくことにしたのである。(中略)あるとき、気象台に勤めていた友人が推計学の話をしてくれたのが一つの啓示となって、いままでのデータの推計学的な処理をやり、いろいろな接着剤の性質を数式で示すことに成功したのである。(中略)少くとも私の専門分野の方で言えば一つのテーマに関するデータを、内外の文献から二十年以上も集め続けておれば、一かどの業績をあげうるだろうということは保証できる。
これを参考にすれば、多忙な人間が、どうしたら知的生活を維持しうるかのヒントを得ることができよう。豊かではないが、心をわずらわすことのない生活を送りながら三畳間でカードをいじくることが、きわめて密度の高い知的生活でありうるのである。

このくだりには、ずっと惹かれていました。何かの専門を持ってひとかどの人間になりたいと。ただ、そのためには時間が必要であることも間違いありません。

最近思うのは、この本の冒頭に書いてあることが一番大切なことじゃないかと思うのです。

「知的正直」という言葉がある。知的正直というのは簡単に言えば、わからないのにわかったふりをしない、ということにつきるのである。ほんとうにわかったつもりでいたのに、それがまちがいだった、ということはある。それは当てずっぽうのまちがいとは違うから、そういうまちがいなら、まちがうたびに確実に進歩する。しかし傍から見ていたのでは、あてずっぽうでまちがえたのか、ほんとうにそうだと確信しながらまちがったのか、その辺の区別はつかないのである。その区別がつくのは、自分だけということになる。そこで「己に対して忠実なれ」という、シェイクスピアの忠告が生きてくるのである。

自分に嘘をつかない。ちゃんと分かることを大切にする。分かった風でごまかさない。そういうことだと思います。

ビジネスの場面ではハッタリが大切になることもあるかもしれません。しかし、自分が教育にも携わっている一面があることを考えたとき、自分が分かっていないことを知るというのは、自分を欺かないために必要なことです。

この本には知的生活のための夫婦生活をどうするべきかなど、つい昨年結婚したばかりのわたしには興味深い箇所もあります(初版が昭和51年なので今では当てはまらないような時代を感じる記述も多いのですが…)。「知的生活の方法」は講談社の現代新書に入っているくらいの短い本ではあるのですが、読む時期によって感じ入るところは違います。それだけ、深みのある一冊なのでしょう。

いま、自分のテーマが何であるかは明確になっています。株式会社ビビンコの経営であり、その事業分野であるIoTとAIをはじめとする第4次産業革命についてです。このブログでは、そうしたテーマについて、分かったことは分かった、分からないことは分からないと自分の知性に正直に書いていきたいと思います。

この記事を書いた人

井上 研一

株式会社ビビンコ代表取締役、ITエンジニア/経済産業省推進資格ITコーディネータ。AI・IoTに強いITコーディネータとして活動。画像認識モデルを活用したアプリや、生成AIを業務に組み込むためのサービス「Gen2Go」の開発などを行っている。近著に「使ってわかった AWSのAI」、「ワトソンで体感する人工知能」。日本全国でセミナー・研修講師としての登壇も多数。