「自分の仕事を考える3日間」レバレッジメモ

西村佳哲さんの3冊目「自分の仕事を考える3日間」が出ているのを発見したので、買ってみてから3日間。読み終えて1日が経過したのですが、レバレッジメモにまとめておこうと思います。

「食うためには働かざるを得ない」という言い草があるが、自分の畑があることである程度それが担保されたなら、働く理由は、ただ「食うため」ではなくなる。生涯を通じて取り組むライフワークと並べて食うための仕事をライスワークと呼び、その両方のバランスが大事であるとか、もっともらしいことを言う人がたまにいるが、言葉遊びをしていないで、文字通りお米作りでも始めた方がいいんじゃないか、と思うことがある。

P.17 塩見直紀さんを京都・綾部に訪ねる「あらゆる人が自分の“X”を発揮できたらどんなにいいだろう」

情報共有も大事やけど、一番大事なんはこうした感覚の共有なんやなあ。壁を越えることの楽しさや面白さを、少なくともコアの何人かが共有できておるときはすごいうまくつながってゆく。逆にその辺りができとらんときは、いくら情報共有したってばらばらに動くだけで、何も生まれん。感覚やけん言葉では説明できんのやけど、たぶんこの達成感の甘美な味わいは、一緒にやってきた人間はよくわかっとる。

P.44 大南信也さんを四国・神山町に訪ねる「自分たちでやろうってところから出てくるもんは限りない」

「できない理由より、できる方法を」と、「とにかく始めろ」。
タイミングよくマイケル・ジョーダンの出てたCMにJust do it.(とにかく始めろ)っていうのが流れとったんで、会合のたびに、レジュメの一番目立つところにこの2つの言葉を書いておくんよ。で、会はまずこの言葉からスタートさせる。「みんな、この会はできんかった理由を分析する会ではない。できる方法を探す会よな」と。そして「見つかったらすぐにやろうや」って。

(中略)

エーリッヒ・フロムは『愛するということ』という著作で、ナルシシズムとは他人を自分の利用価値で捉える心性であると看破している。もしリーダーなりファシリテーターが、その人のナルシシズムの一環として他の人間に誘導的に関わっていたら。つまり自分のために他人の時間やエネルギーを使っている様子が垣間見えたら、僕は冷ややかに激高するだろう。が、彼にはその不安が全く感じられない。

P.49~56 大南信也さんを四国・神山町に訪ねる

以前『自分の仕事をつくる』という本を書いて、書き終えた頃から、「しかし<自分>なんてあるんだろうか?」ということを考えざるを得なくなり、今もひきつづき考えている。
2冊目の『自分をいかして生きる』には、もし、ただお客さんでいるだけで済まないようなことがあったら、そこにめいめいの<自分の仕事>が潜んでいるんじゃないか、といったことを書いた。他人には任せたくないこと。自分の中心から思わず手が出て、それに触れたり、つかもうとする動き。萌えるなにかを感じることがあれば、その自然に信頼を寄せてみてはどうだろう、といった主旨のことを書いたと思う。
この動きが自分の中心から生まれてくるものだとして、その奥には<自分自身>がいるとして、それを実存と称することもできるとして、でもその実存はあらかじめ「ある」のだろうか?

フォーラムの場で尋ねてみたところ、秋田さんは「ありません」と即答した。「無常。常に無いと書くんですが、一定不変のものはなにもないというのが仏教の基本です」。
「わけがわからない、ということが大事なんです。わかっていないから、一緒にわかろうというベクトルが生まれる。わからないというところから出発することで、存在の尊さや、いのちの大きな豊かさにふれていくことができる」と。

(中略)

人間は情報処理をする生き物で、なにか新しい物事に出会うと、すでに自分の中にある情報を参照しながら、頭や心の中の引き出しやフォルダーに、無意識に分類・収納する。
以前、小学校高学年を対象としたオーロラの学習教材をつくる機会があり、約1000名の小学校5年生から中学3年生を対象に簡単なアンケートを採ってみた。「オーロラはなぜできると思いますか?」という設問に、大半の小学生が自分なりの考えを書いてきた。(略)
ところが中学生になると、同じ問いに、「自然現象」の4文字で記入を済ませる子どもが急増する。「中学生はいろいろ大変な時期でいそがしいんです。オーロラのことなんて考えている時間ないよ」という応答なのかもしれないが、この頃彼らの頭の中に「自然現象」というラベルの付いたフォルダーが用意されて、考えてもわからない物事については、とりあえずそこにいれておけるようになるのだろう。わからなさをずっと抱えたまま不自由な状態で過ごさずに済むわけだから、それは処理能力の進化なのか、それとも一種の思考停止なんだろうか。僕はその両方だと思う。

P.77~79 秋田光彦さんを大阪・上町台地に訪ねる「わたしはなんなのか?というところにいちど縒りを戻して」

使命って<命を使う>って書くじゃないですか?生まれてきて、自分の命を何に使うのかっていうことなんだ、っていう話を構成作家の倉本美津留さんがしてくれて。確かにそうだなと。生命っていう命を持って生まれて、次は使命やな。命をどう使うか。じゃあ僕の「使命」って何やろう?って、すごい考えた。

P.101 藤本智士さんを大阪・難波に訪ねる「衝動って素直なもんやし、湧き上がってくるものを信じた方がいいんちゃうかって」

どの人も、自分の持っているカードを流したり配り直してもらうことはできなくて、そのカードの組み合わせでゲームをつづけるしかない。

P.132 遠山正道さんを東京・中目黒に訪ねる「理屈は通っていても、血は通っていないようなことをするのは嫌なんです」

会社の中には、言われたことをやるっていうリアクションがすごい多くて、アクションが少ないから、それで動くと全部が回るんです。そんなふうに遊べる形をつくり込めれば、こんなにええことない。究極の請負業であるサラリーマンでも、この原理を使えばモチベーション落とさずやっていけるんじゃないかっていうことを、日々実践しております。

P.212 山納洋さんと「<好き>を微分すると、見えてくるものがある」

彼らがぽろっとこぼす言葉に、「先生、私にしかできないことってあるでしょうか?」とか、「他の人になくて私にしかないものってなんでしょうか?」というのがあります。
他の人にはない自分の素質であるとか、そういったものを捉えあぐねて、ちょっと他人の意見を求めてくる。

の問いだけにはいつも、つれなく答えるようにしているんです、っていうのは、相談に来る人たちはまず会社への就職を考えていて、その中でいろんな悩みがあるんでしょうけど、「他の人にはできなくて私にしかできないこと」っていうのは、誰にでもできることや代わりのきく仕事を淡々と、あるいは一所懸命にくり返していく中で周囲がだんだん「これはあいつに任せるといい」とか、「あいつなら失敗ない」と自然に認めていって、その時にはじめて「私にしかできないこと」が誕生するんですよね。

(中略)

中井久夫という精神科医は、このことをこんな風に語っています。唯一の私、掛け替えのない私が「Unique I」。代わりもきくし、特別な存在でもない多くの中の一人としての私のあり方は「One of them」。彼は、「Unique I」であると同時に「One of them」であるというこの矛盾に安心して乗っかっていられるようになることが、人間として成熟するということなんだって言っています。

P.230~232 鷲田清一さんと「気にはかかるけど、関心を持ちすぎはしない関係」

この記事を書いた人

井上 研一

経済産業省推進資格ITコーディネータ/ITエンジニア。
合同会社井上研一事務所代表、株式会社ビビンコ代表取締役。
北九州市出身、横浜市在住。AIやIoTに強いITコーディネータとして活動。北九州市主催のビジネスコンテスト「北九州でIoT」に応募したアイディアが入選し、メンバーと株式会社ビビンコを創業。著書に「初めてのWatson」、「ワトソンで体感する人工知能」など。セミナーや研修講師での登壇多数。