SIerにとってのCRMにおいて、「新規開発案件に関しては納品したシステムの出来が何よりも重要である」と書きました。これは実に常識的なことで何のひねりもない話です。ただ、システム開発はオーダーメイドの仕事であり、顧客にとっての満足を見つけ出すのも仕事のうちという特徴があります。つまり、仕事の中でいくらでも頑張れる余地があるということです。
しかし、どう頑張ればよいのでしょう。システム開発プロジェクトの8割は失敗といわれます。なぜそんなことになってしまうのでしょうか。多くのエンジニアがこの課題に取り組んでいるのですが、帯に短したすきに長し。なかなか解決の糸口が見つかっていません。
象設計集団
西村佳哲さんの「自分の仕事をつくる」に建築設計をやっている象設計集団の話があります。この話を見つけたとき、これだ!と思いました。システム開発プロジェクトの現状を考えると実現は非常に難しいと思いますが、これこそシステムの出来を圧倒的に向上させる王道中の王道ではないかと。
いま僕のチームで進めている高齢者施設の設計作業を参考に話してみましょうか。今年の一月から始めて来年の九月に実施設計をまとめ上げる。全体で二十ヵ月ほどのプロジェクトです。
いまはエスキームを詰めている段階ですが、ここにいたるまでに、高齢者関連の勉強を相当積み重ねてきました。クライアントと一緒に本の回し読みも続けています。ちょうどお風呂の部分について設計を詰めているのですが、どうしても気になることがあって、近いうちに広島の施設を訪ねてみるつもりです。プロジェクトがはじまって最初の三ヵ月ほどは、手はあまり動かさず、勉強に集中しました。そしてまずは五十一カ所の施設を実際に見に行くことを決め、北欧から国内まで、興味を持ったところはだいたい見学し、実際に体験もしてきました。入力装置を体験してみたり、寮母さんの仕事をやってみたり。入居者と同じ部屋で寝泊まりして同じ食事を食べ、同じ生活をしてみたりします。
そうしているうちに、だんだん何をするべきなのか、何が問題なのか、自分たちに何ができるのかが細かいところまでみえてくる。この勉強の段階が非常におもしろい!いろんな分野に数多くの先駆者がいて、それぞれの現場で素晴らしい実践を行っています。そういう方々に出会っていくのは興奮する経験だし、以後友人として仲良くしている人もいます。ジャンルを越えたこれらの経験を、最終的に建築にまとめあげていくのです。スタディの段階は、時間的にも経済的にも負担がかかる部分ではあるけれど、大切にしています。それに何といってもおもしろい部分だから、これを捨ててしまったら長続きしないと思いますね。
「自分の仕事をつくる」より、象設計集団を北海道・帯広に訪ねる【1995年・冬】「手を動かす前の時間の豊かさが、仕事を面白くする」
実は、私はこの話を何度もしています。それだけ示唆に富んだ話だと思っています。
顧客のためのもの(建物にせよシステムにせよ)をつくる仕事なのだから、顧客の気持ちになることを試してみる。たぶん、本当の顧客の気持ちを感じることは出来ません。ただなんとなく、こういう気持ちなのかなくらいは分かるかもしれない。それでも一歩前進だと思うのです。その体験やなんとなくの共感の上に、建築家やエンジニアとしての視点を加えていく。それでものが出来ていく。
「関係」
これは「関係」です。ユーザ(システムを使うユーザという意味で、SIerにとっては顧客)がユーザ自身の仕事を進める上で、システムとの「関係」がどうであればよいのか。人とシステムの「関係」がここにあります。その「関係」をいちばん知っていて実現できるSIerが、その顧客から次も選ばれるSIerになるでしょう。(蛇足ながら、SIerが経営的に望む顧客との関係も出来るわけですね。)
システム開発の仕事では要件定義や設計という名目で、その顧客にとってのベストフィットとは何なのかを調べる時間を(お金も)もらえます。建築もそうでしょう。この辺がありとあらゆる方法を駆使して(場合によっても顧客に悟られないように)顧客のベストフィットとは何かを探っていくという小売業やメーカーなどのCRMとは大きく違うところです。
私が知っている限りではSIerはそのチャンスを活かせぬままです。現場ではちゃんと動く(ユーザがどう思おうが動かないよりマシという発想がある)システムを作るための設計だけでもらった時間とお金を使い果たしてしまう(さらに足りない!といった状況があります。ただ、この「関係」というものをきちんと理解し、活用出来るようにならないと、いつまでたってもシステム開発は進歩しないこともまた事実だと思うのです。