コンピュータに救われた人生のように思う

さきほど、小倉北区の砂津にある夢をかなえる研究所さんでIT講座の開講説明会に登壇する旨をお知らせしました。

IT講座、プログラミング講座といったIT教育の分野には2013年に会社を作って以来、ずっと何らかの形で携わっています。東京のTechGardenSchoolをはじめ、一時期は東京・中野で小学生向けのプログラミング教育にも携わりましたし、中学校や高校の先生にAIをお話ししたり、専門学校生や大学生にお話ししたり、そしてもちろんITエンジニアやITコーディネータ向けの研修に登壇したり・・・。まぁ、いろいろとやっているわけです。

そんな中で今回は、地元北九州に戻ってきて、本格的に北九州で教えるということになりますし、IT業界でキャリアを築きたい若者向けということもあり、一層、やってみたい、やってみようと思っています。そのような機会をいただいたことに感謝しております。

コンピュータというものがなかったら・・・

ふと、自分の来歴に思いを巡らすと、幼稚園の頃から不登校・不登園ぎみな子どもであり、中学校は3年生はほとんど(まったく?)登校しませんでした。中学校の卒業証書は校長室でもらったわけだし。

若干引きこもり的な生活だったのですが、それでも新聞配達をやったり、高校生の年齢になってからは(高校は行ってないどころか入学も受験もしてない)飲食店チェーン(リンガーハット)でアルバイトをしたり・・・だったので、いちおう社会とのつながりはあったのですが。
でも、親からしたら、この子は今後どうなるのだろう・・・と心配で仕方なかったと思うのです。

いま、いちおう自分の会社があったり、仕事も途切れずいただいていたり、本も書いたし、人の前でお話しするという機会もたくさんいただいているし、プライベートでも結婚して家も買って・・・という生活を送れているのですが、そんな人並み(という言い方が正しいのか分からない)の生活をできるようになったのは、ITというものがあったからだと思うのです。

ITというか、コンピュータなんですけどね。とにかく小学生の頃からコンピュータというものが好きでした。当時はワープロ専用機とかの時代でもあったので、カシオワードとかルポとかも型落ちとか中古とかをお年玉やらで買って。あと、MSXも。自分で仕事をし始めてからはその給料もコンピュータ、何年前の中古か分からないPC-9801N(98ノート)とか、DOS/Vパソコン(懐かしい!)に消えました。

で、とにかくコンピュータでできることは全部やりたかった。ゲームはあまりした方じゃなくて、やれコンピュータグラフィックだ、デスクトップミュージックだと。もちろん、パソコン通信やって、インターネットやって。そんな、コンピュータでできること全部の中にプログラミングがありました。
MSXの時はMSX-BASIC、98ノートでLSI-C試食版、WindowsになったらJavaとVisual J++(知らないだろうなぁ・・・みんな)、インターネットで遊び始めたらPerlやってPHPという具合。

だから、大検取って地元の専門学校に入学したときにはプログラミングはひととおり出来ていたわけです。専門学校はコンピュータを学ぶところだったから面白くて不登校になることもなく、無事、東京のSI企業に入ることができた。それで、今に至るわけですね。

ITの価値を遍く拡げる

そんな人生なので、コンピュータに救われた・・・というように思えてなりません。もし、この世の中にコンピュータがなかったら、自分はどうなっていたのか分からない。それなりの社会人としていられたのだろうか・・・。

いま、弊社のミッションとして「ITの価値を遍く拡げる」ということを謳っているのですが、それはある意味でコンピュータ、ITへの私の恩返しのような気もしているのです。自分を今のようにしてくれたITを、もっと拡げていく活動をしたい。

私ももう40代(来週42歳になる)で、若手を育てるようなことも考える年頃でしょう。いま、私の会社には社員が私しかいないのだけど、IT教育に携われているのは、別の形で育てるということになるかも、とは思っています。まぁ、私より年上の人に教えることも多いのだけど、今回は特に若者に・・・ということなので、我ながら良い感じだなぁと思っているわけです。

そんなわけで、説明会でお待ちしております。

この記事を書いた人

井上 研一

株式会社ビビンコ代表取締役、ITエンジニア/経済産業省推進資格ITコーディネータ。AI・IoTに強いITコーディネータとして活動。画像認識モデルを活用したアプリや、生成AIを業務に組み込むためのサービス「Gen2Go」の開発などを行っている。近著に「使ってわかった AWSのAI」、「ワトソンで体感する人工知能」。日本全国でセミナー・研修講師としての登壇も多数。