工事進行基準は福音なのか、コンプライアンス不況を巻き起こすのか

「コンプライアンス不況」という言葉があります。木村剛さんが作った言葉のようです。

私は、建築基準法の改悪のように、「コンプライアンス」の名の下に、現状に適合していない法制度を無理矢理導入してしまうことによって、日本経済が不必要に萎縮してしまうことを、「コンプライアンス不況」と名付けて警告しています。
[ゴーログ] 建築基準法改悪:コンプライアンス不況が日本を滅ぼす

SIerに工事進行基準の適用が原則化される件を、このブログでいくつか取り上げていますが、ひょっとして、これって、SIerにとってのコンプライアンス不況の引き金になるのではないか?と、思い至りました。
コンプライアンス不況の引き金になってしまうとしても、導入される制度そのものが、何か間違っているというわけではないのです。正論なのです。しかし、現状に適合していないというのが問題で、もう少し何かやり方があるだろう…と。それでも、有無を言わさず導入されるのが、この手の制度の特徴といえば特徴。いくら現状に適合していないといっても、現状が明らかに問題ならば、それを是正する必要は当然あるわけですし、難しいところです。
いくつかのブログを見てみましたが、「SI 工事進行基準」でGoogle検索すると、思ったより反響が少ないように思いました。このブログの記事が上のほうに出ているくらいですから…。(「ソフトウェア 工事進行基準」の方が、もう少し結果が多いようです。)
そんな中で、なるほど…と思う記事も見つけました。

たとえば5年間の開発プロジェクトを立ち上げる場合に、今までは開発フェーズ(項目)を区切りとして(項目)単価x期間でコストを計算していましたが、こ れからは開発スケジュール(期間)を区切りとして、その中で発生した項目でコストを計算していくことになるということでしょう。

フェーズで区切るのではなく、期間で区切るという発想は、たしかにそのとおりだと思いました。フェーズで見積もると、結局その見積の確実性がイマイチならば、工事進行基準のように原価を投下した割合で進捗を見るというのが困難になります。しかし、期間で区切ればその期間に投入する技術者の人数がイコール原価であり、イコール収益です。(残業はまた別の話ですが…)
しかし、SIerの企業としての成長過程というのは、人月いくらで投入するビジネスから、一括請負でシステムを作り上げるビジネスに進むものではないのでしょうか。少なくとも、今まではそうだったと思います。この流れに逆行しなければならないのでしょうか。
こういう意見もあります。

あと、はてブコメントでアジャイル開発とかどうするんだろうとか、「作りながら要件を固める」っていう流れと真っ向から矛盾してない?というような意見があったけど、そんなことはないと思う。
実際、うちの会社でもアジャイルのような開発もおこなわれてるし。(それほど盛んでもないけど)
むしろ、ウォーターフォールのほうが完成基準で、イテレーション開発で徐々に完成度を高めていくスタイルのほうが工事進行基準にあっているんじゃないだろうか。

実は私は目から鱗だったのですが、たしかに、期間で区切って見積もるのならば、それはウォーターフォール開発ではなく、イテレーション開発の方が向いています。
今までの、人月いくらのビジネスは、その背景には元請のSIerが、エンドユーザから請負で取っている仕事を、あたかもその元請SIerの一員として働くような人月いくらでの期間を定めた受注(要するに人売り)だったわけです。そこから脱却して一人前のSIerになるプロセスとして、一括請負をやろうと進むわけです。
しかし、最初から、元請の段階から期間で受注していたら、どうでしょうか。こうなると、イテレーション開発しか出来ないでしょう。もちろん、顧客企業の長期的なシステムの展望は存在します。(出来れば、それは顧客企業自らが描く必要があります。)そうした展望に基づいて、SIerはその実現化のために参入するのです。展望がきちんと描かれていれば、イテレーション開発は実現の確実性を如何なく発揮できるでしょう。実際に動くものが、少しずつ、きちんと出来ていくわけです。工事進行基準が求める、投入した原価に基づく収益の確実性が、これ以上明確に出てくることはありません。
工事進行基準はある意味で黒船です。それを積極的に活用するか否かで、より健全なSI業界を築けるか、コンプライアンス不況に巻き込まれることになるかが決まるのかもしれません。SIerのあり方、悪しき商習慣、古びた開発プロセスを一新するチャンスであることは、間違いありません。

この記事を書いた人

井上 研一

株式会社ビビンコ代表取締役、ITエンジニア/経済産業省推進資格ITコーディネータ。AI・IoTに強いITコーディネータとして活動。画像認識モデルを活用したアプリや、生成AIを業務に組み込むためのサービス「Gen2Go」の開発などを行っている。近著に「使ってわかった AWSのAI」、「ワトソンで体感する人工知能」。日本全国でセミナー・研修講師としての登壇も多数。