憲法の力

このブログでも、digitalmorning(私のもうひとつのブログ)からの転載で、国民投票法の可決について取り上げた記事があります。
最近は憲法について書いた本がいくつか出ていて、ベストセラーに名を連ねたりもしています。
今日、取り上げるのは最近の憲法本の中の1冊です。

著者の伊藤真さんは、法律系資格予備校である伊藤塾の塾長。
私は、去年、行政書士試験を受けた時に(残念ながら落ちちゃいましたが)、伊藤塾の行政書士の超短期で総まとめするような講座に通った経験があります。行政書士試験では、さすがに塾長の講義はありませんが、何冊か著書を読んだことがあったりして、何となく、親近感があるものです。

この本でもかなり取り上げられていますが、憲法について知っておいて欲しいことがあります。

憲法は、国民を縛るものではなく、国家権力を縛るものである。

ということです。あ、知ってますか。常識ですか…。それなら、それで良いのです。
ただ、私はこのことについて、知りませんでした。少なくとも、意識的ではありませんでした。
私の受けた行政書士試験には、その出題科目として憲法があります。そのために、憲法をそれなりに時間をかけて勉強しました。
その過程で、このことを知ったとき、大げさに言えば眼から鱗が落ちるような思いだったのです。

それなのに、昨今の改憲議論が国民からではなく、国家権力の中枢である内閣や国会から出てきていることに、おかしいと気づかなければなりません。
そこのところを押さえずに、改憲に賛成だ、反対だと言うのは、順序が逆なのです。
賛成でも反対でも良いのです。それは、国民には良心の自由があり、表現の自由があります。色々な意見があってこその民主主義です。
ただ、賛成だ反対だの前に、押さえるべきところは押さえ、勉強すべきところは勉強してから、議論を行った方がはるかに有意義です。

この本で取る著者のスタンスは、「改憲派」でも「護憲派」でもなく、「立憲派」です。その意味は、

とはいえ私は、ある意味、護憲派ではありません。今の憲法をそのままで、じっと守ろうとは思っていないからです。自分では、立憲派と自認しています。「立憲主義」とは、国家権力を法的に制限した憲法に基づいて政治を行うことをいいますが、私は、そのときどきの憲法によって権力を拘束する、立憲主義それ自体に意味を見いだしているのです。

とのこと。中立というか、どちらかといえば、改憲か護憲かの前段というような気がしないでもない説明ですが…。
(この記事も、ここまでの内容は立憲派の主張なわけですね。)
ただ、本の内容は、世の中的には「護憲派」で間違いありません。

私自身としては、憲法を勉強して、なるほど良く出来ているという思いが強く、ロマン小説のような前文や、97条あたりを読むと感動したりするので、今の時点で、憲法を変える必要は特にないと思っています。明示的に書かれていない新しい人権も、13条の包括的基本権で十分まかなえます。敢えて二択でいえば、護憲派です。
とかく問題となる9条も、この「憲法の力」を読むと断然9条贔屓になります。それが、この本が護憲派の本である最大の証明ともいえましょう。
だいたい、憲法学者の書いた憲法の教科書は、護憲の立場で書かれているものが多いように思います。(それが何を意味しているのか?)

憲法を勉強し、自分で考え、意見を持つという上では、まずこの本に取り掛かるのも良いのではないでしょうか。
あとは、バランスを取ってもう数冊。出回っている憲法本は護憲派の本が多いように思うので、何か良さそうな改憲派の本を探そうと思います。

日本国憲法 97条【基本的人権の本質】
この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪え、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

この記事を書いた人

井上 研一

経済産業省推進資格ITコーディネータ/ITエンジニア/ブロガー。
井上研一事務所代表、株式会社ビビンコ代表取締役、一般社団法人ITC-Pro東京理事。
北九州市出身、横浜市在住。 AIやIoTに強いITコーディネータとして活動中。著書に「初めてのWatson」、「ワトソンで体感する人工知能」など。セミナーや研修講師での登壇も多数。

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