知的生活と不労所得

このブログで何度か取り上げている渡部昇一氏の30年も前のベストセラー「知的生活の方法」の続編である、「続 知的生活の方法」を、ブックオフで105円で入手できた。入手したのは先々週のことだが、手に入れたその日に読了した。初版は昭和54年であるから、私と同い年の本である。

28年前の本だが、やはり参考になるところがある。いや、真理はそうは変わらないものだ。

「知的に生きるとは、何かを成しとげることというよりは、むしろ一種の精神状態である」

これは本書で引用されているハマトンの「知的生活」にある一文だ。これを受けて、「現在(むろん本書の書かれた28年前)は特定のドグマやイデオロギーを盲目的にありがたがるよりは、もっと静かに、自分の考えること、自分の納得したこと、自分の生きがい、自分の気に入ったライフ・スタイルを大切にしたいと思うようになっ」たと分析している。
ドグマやイデオロギーといった部分はさておき、今読んでも十分に通用する。今につながる「自分」時代のはじまりと言っても良いかもしれない。
そして、この本で最も印象に残るのはこの部分だ。

ヒュームの時代あたりからは、不労所得を持つことが、精神の独立のみならず、表現の自由を保持しうる唯一の方法といってよかったのである。

つまり、知的生活をするには閑暇を得なければならない。そのためには、不労所得で生活できる「インディペンデント」でなければならないというのだ。
ヒュームの自伝から、以下の文章を取り上げている。

きわめてきびしく生活をきりつめて私の資産の不足を補い、なんとか独立してやってゆける道を講じ、そうして私の文才をのばすこと以外には、いかなるものも取るに足りないものと見做そうと、心をきめたのであった。爾来私はこの計画を、着々と首尾よく実現してきたのである。

ここでいう「独立」というのが、単なる自立ではなく、不労所得で生活をする「インディペンデント」だというのである。インディペンデントには「閑暇」といえるほどの時間があり、働かなくとも生きていける資産がある。

ただ、注意しなければならないのは、その時代背景だ。ヒュームといっているのは18世紀の哲学者デイヴィッド・ヒュームである。18世紀に表現の自由を貫こうとすれば、職をあぶれかねない。基本的人権の成立に向け、その端緒についたくらいの時代だ。さすがに全財産を取り上げられるほどではないようだが、働かずとも生きていける程度の資産を持っていなければ、自由に表現出来ない時代だったということだ。

この点を踏まえて、本書では現代(くどいが28年前)の日本では、就職することでインディペンデントに近い地位に立てるだろうと説いている。

ヒュームやハマトンが求めたのは本物の恒産であるが、現代の日本においては、擬似恒産があることを指摘しておきたい。それは日本の現在の就職そのものである。会社や工場が倒産するという非常のばあいをのぞけば、今の日本でクビになるということはまずない。(中略)それに政治的・宗教的理由で職をやめなければならないということもまずないのであるから、(中略)その給料は昔の意味での給料ではない。昔の意味では、地主が取り立てた地代や、家主が取り立てた家賃に似た性質のものになる。

まぁ、いろいろ異論のあるところだろう。だから、繰り返し28年前の本だといっている。
21世紀を生きている我々の目の前にはネット上の「知の高速道路」もある。大企業が潰れたり、リストラに遭うことはあるかもしれないが、ブログで何か自由な表現をしたからといってクビになるような時代ではない。(もちろん、機密情報を漏らしたり、テラ豚丼を作ったら別だけども。)その点で、ヒュームの時代より恵まれているのは事実だ。

しかし、「知の高速道路」の存在が知的生活のコストを低減させたとしても、リアルでのコストはこれといって下がらない。故に、リアルでの生活基盤は必要だ。それよりも問題なのは、時間である。普通に会社に通い仕事をしているような人が、閑暇を得るなどということは、非常に難しいだろう。

その点で、ヒュームが立てた計画というのは、21世紀においても現実味がある。
「きわめてきびしく生活をきりつめて私の資産の不足を補い、なんとか独立してやってゆける道を講じ、そうして私の文才をのばす」。
ネット時代の知的生活者を標榜するブロガーは、是非、耳を傾けたい言葉ではないだろうか。

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この記事を書いた人

井上 研一

株式会社ビビンコ代表取締役、ITエンジニア/経済産業省推進資格ITコーディネータ。AI・IoTに強いITコーディネータとして活動。2018年、株式会社ビビンコを北九州市に創業。IoTソリューションの開発・導入や、画像認識モデルを活用したアプリの開発などを行っている。近著に「使ってわかった AWSのAI」、「ワトソンで体感する人工知能」。日本全国でセミナー・研修講師としての登壇も多数。