勝烈庵事件で見る不正競争防止法

横浜にある美味しいとんかつ屋さん「勝烈庵」をご存じでしょうか。
私のこよなく愛する食べ物屋さんの一つなのですが、そんな私に言わせると、勝烈庵はとんかつ屋さんではなく、「カツレツ屋さん」なんですね。ふつうのとんかつよりも少し薄めで、長方形の形状にした豚肉を串に刺して揚げて、8つ切りにして供する。そして勝烈庵の真骨頂はあの甘い、それでいてあっさりしたソースであって、それをかけたカツレツとキャベツの千切りは実に旨い。

とまぁ、このブログをグルメブログにする気はないので、本編に入りましょう。不正競争防止法の判例の中で有名なものに昭和56年に起きた「勝烈庵事件」というのがあります。事件のあらましは、下記のようなものでした。

勝烈庵事件の概要

勝烈庵は昭和2年に横浜で開業した老舗であり、独自の調理法と秘伝の特製ソースを用いたとんかつ料理を提供している。昭和56年時点で本店以外に横浜や町田、新宿など神奈川県・東京都の各地に店舗を構えていた。
そのような中で、別の会社が神奈川県鎌倉市に「かつれつ庵」および「かつれつ庵佐渡」というとんかつ店を展開した。また、別の個人が静岡県富士市に「かつれつあん」というとんかつ店を展開した。
勝烈庵を運営する有限会社勝烈庵は、この2者に対して、不正競争防止法により紛らわしい名前の使用差し止めを請求した。

この訴えに対して、横浜地裁の判決は、鎌倉市の「かつれつ庵」に対して使用差し止めを認め、「かつれつ庵佐渡」はそのまま使用して良いとしました。また、富士市の「かつれつあん」は使用差し止めを認めませんでした。

不正競争の行為類型

不正競争防止法には不正競争の行為類型が具体的に定められています。

  • 周知表示の混同惹起
  • 著名な商品表示の冒用
  • 商品形態の模倣
  • 営業秘密の侵害
  • 技術的制限手段を回避する装置の提供
  • ドメインネームの不正使用
  • 誤認を惹起させる行為
  • 信用の毀損
  • 代理人等の商標の冒用

不正行為が認められると、使用の差し止め、損害賠償といった手段で救済が行われます。不正競争防止法では損害の立証を容易にするために民事訴訟法の特例を設けている(ふつうの損害賠償請求では不法行為があって損害が発生したことを被害者自らが立証しなければなりません)こともポイントです。

一部の類型は刑事罰の対象にもなっています。また、平成17年の関税定率法の改正により、混同惹起、著名表示の冒用、商品形態の模写が認められる物品が輸入禁制品となりました。偽ブランド品の日本への流入を水際で食い止める手段です。

周知表示の混同惹起

勝烈庵事件はこの類型のうち、周知表示の混同惹起に該当します。
周知表示の混同惹起の定義は「他人の商品等表示として需用者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用する等して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」とされています。ポイントは「需用者の間に広く認識されている」という点で、これを周知性と言います。

勝烈庵事件では、「勝烈庵」の周知性が焦点になりました。裁判所の判断は鎌倉市での周知性は認められるけれども、富士市での周知性は認められないというものでした。判例には、勝烈庵の店舗所在地は富士市の通勤圏といえる範囲にはなく、ある程度遠くにある有名な店というレベルだから、周知性は認められないといったことが書いてあります。この時点で、富士市の「かつれつあん」は不問となったわけです。
さらに、「勝烈庵」と「かつれつ庵」、「かつれつ庵佐渡」に、混同もしくは混同のおそれがあるかです。これは「かつれつ庵」についてのみ混同のおそれを認めたので、鎌倉市の「かつれつ庵」は使用差し止め、「かつれつ庵佐渡」は不問という結論になりました。

この判決を見ると、周知表示の混同惹起でいう周知性とは同一県内から近隣程度を指すと言えるでしょう。また、「混同」惹起であるので、例えば「勝烈庵」というとんかつ店と「かつれつ庵」という庵を組む建築会社だったら、混同が生じるとは言えません。

著名な商品表示の冒用

一方、「著名な商品表示の冒用」という類型では、この周知性と混同のおそれという判断基準が変わってきます。その定義は「自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡する等の行為」であり、「混同」という文字が入っていません。また「著名」という文字が入っていることがポイントになります。

つまり、周知性のレベルでは不十分で著名性(全国区で知られている)が必要であり、かわりに混同のおそれが不要なので、まったく違う商品や店舗についても冒用になるのです。例えば「シャネル」は極めて著名なわけですが、それを香水やバッグ等ではなくホテルの名前につけても駄目なのです(ホテルシャネル事件)。

著名な商品表示の冒用は、フリーライド(ただ乗り)、ダイリューション(希釈化)、ポリューション(汚染)のいずれかが成立すれば冒用にあたるとされています。「シャネル」という著名な商品表示に対して、そのブランドの威力を勝手に使ったり、ブランドの価値を薄めてしまったり、汚してしまうようなことは駄目だというわけです。

商品形態の模倣

他人の商品の形態を模倣した商品を譲渡・貸与・展示する等の行為で、販売開始から3年間の模倣について対象になります。

営業秘密の侵害

窃盗、詐欺、強迫その他の不正な手段で営業秘密を取得する行為又は不正取得した営業秘密を使用・開示する行為です。
営業秘密が成立する条件は、秘密管理性(その情報が秘密であると認識でき、アクセスできる人が制限されている)、有用性、非公知性のすべてを満たす場合です。

この記事を書いた人

井上 研一

株式会社ビビンコ代表取締役、ITエンジニア/経済産業省推進資格ITコーディネータ。AI・IoTに強いITコーディネータとして活動。2018年、株式会社ビビンコを北九州市に創業。IoTソリューションの開発・導入や、画像認識モデルを活用したアプリの開発などを行っている。近著に「使ってわかった AWSのAI」、「ワトソンで体感する人工知能」。日本全国でセミナー・研修講師としての登壇も多数。