西村佳哲さんの「なんのための仕事?」に見るリビングワールドとソフトウェアエンジニアのあり方

昨日、西村佳哲さんの「なんのための仕事?」を買って読みました。西村さんの本は結構読んでいるので、2012年4月に出た最新刊のこの本も出たことを知ってからすぐに読もうと思っていたのですが、結局8月までずれ込んでしまいました。

今回の「なんのための仕事?」は、これまでに西村さんが出した本と同様にインタビューと西村さん自身の意見が交互に組み合わさって、一つの流れを作り出しているという構成。ただ、今回は西村さん自身のことが比較的多めに書かれているところが特筆ものだと思います。

西村さんは奥さんと2人で「リビングワールド」という会社をやっておられます。このリビングワールドという会社の存在は、私は以前から気にしていました。この会社の作る製品やサービスがというより(Webサイトを見ると分かるようにその製品も注目に充分値するのですが)、その佇まいというか、存在そのものについてというか。

私自身が小さな会社というか、ブランドというか、屋号というか、そういうものを名乗りたい(まぁ、既に名乗っているというか・・・)という思いを持っているので、それ故なのかもしれませんが。

まず、リビングワールドは何をしているのかということから。

「つくる」仕事は自分と妻の二人を中心に、内容に応じて仲間や、前から一緒に仕事をしてみたかった人に声をかけて、チームで取り組んできた。一つのプロジェクトが終わると解散して、また次の組合せで取り組んでゆく、離合集散型のグループワークが基本形だ。

この時点で、リビングワールドがただの会社とはどうも違うようだ、ということが分かります。それと、「離合集散型のグループワーク」といった辺りが、私のベースグラウンドであるソフトウェア開発がプロジェクトベースで動いていることからの相性の良さというか、IT版のリビングワールドがあっても良いのではないか?という可能性を感じます。

僕らは、「クライアントワーク(請負の仕事)」と「メーカーポジションのモノづくり(商品をつくって自分たちで販売まで行う仕事)」の二つを併行して手がけている。

別の箇所からも引用。

「クリエイティブ」なんていう大それた言葉を使いながら、実態は守備範囲の限られたパートワークのようになっている旧来のデザイン業のあり方への疑問もあった。
請けて取り組む仕事と、自分でつくって始める仕事の二つをダブルポジションでやってゆきたいと考えながら、自分の会社を始めた。

そもそも西村さんという人はデザイン系の人で、リビングワールドも有り体に言えばデザイン会社。
メーカーポジションの部分は、実際のモノづくりは外部に発注しているかもしれないけれど、ただデザインするだけではなく、そのデザインから出来上がったモノを自分たちで売っているというのが重要だと思う。

これもまたIT視点で見てみると、(ソフトウェア)エンジニアはモノづくりそのものも出来るから、より完全な形でメーカーポジションに立てる(その実例は世の中にたくさんある個人開発のWebサービスやiPhoneアプリなどを見れば良い)。一方で、エンジニアの仕事の大供給源はビジネスシステムの開発であってそれは多くの場合、請負として行われている。請負仕事の請け方、進め方については考えるべきことも多いけれど、エンジニアはクライアントワークとメーカーポジションのダブルポジションに立ちやすい職種と言えるのではないか。

あと、「旧来のデザイン業のあり方への疑問」というフレーズは、そのまま「旧来のSI業のあり方への疑問」と言い換えても充分すぎるほど通用するわけで。

もう一つ、ダメ押し。

デザイナーが主にクライアントの仕事ばかりしていて、メーカーポジションをとろうとしないのはなぜだろう?とずっと思っていた。
クラフトの作家さんたちはごく普通に行っていることだし、製造技術も少量生産に対応するようになってきたいま、「これ」と思うものを自分でつくり、販路をみつけて卸したり販売することをなぜしないんだろう?と思っていた。

これもまた、「デザイナー」という部分を「プログラマ」とか「ソフトウェアエンジニア」と言い換えても何の問題もないでしょう。「製造技術も少量生産に対応」という部分は、「クラウド」と言ってしまえば良いし、販路に関してはエンジニアはネットでそのまま商品を提供出来るから、デザイナーより恵まれている。

クライアントワークでは、全体性の回復がキーワードになるように思います。

デザインやモノづくりの全体像を考えてみると、「必要なモノを考えて、それをつくり、使って、また考える・・・」という循環が描かれる。(中略)
たとえば狩猟社会においては、このループをめいめいが回していたと思う。男女の役割分担は自然にあったと思うけれど、大づかみな話として。(中略)
追ってその分化が進む。農耕社会になると農作という営みの性質上、計画性や効率性が重んじられて人々の役割分担も進む。より得意で上手い人が、ある役割を固定的に務めるようになるので、本人が使うものを必ずしも本人がつくらなくなり、「つくる→つかう」過程の分断が進んでゆく。
時代を追って、人間は次第に大きな建造物を数多くつくるようになる。たとえば昔の人たちは自分たちで家を建てていたし、大工などの職工も「考える→つくる」仕事をある程度完結的に行っていたのだけれど、大きな建造物においては無理があるので、つくる人(大工や棟梁などの職工)と別に建物を考える建築家という職能が確立されてゆく。
ちなみに建築設計の領域には、この分離を解消するべく「アーキテクト・ビルダー」を名乗って仕事をしている人たちもいる。先祖返りのような形なのだけど、設計だけでなく大工としても通しで携わることで仕事の有機性を高めている。過度な分業化はむしろ効率が悪いということを、こうした人たちは強く意識していると思う。

長い引用になってしまいましたが、IT業界における昨今の内製化の動きであったり、アジャイルなどでの小さなチームでのモノづくり、さらには個人で開発・運営するWebサービスやiPhoneアプリが増えている必然性を説明するのに、これ以上の説明は不要のように思います。

最後に、私が以前から思っていることなのですが、それとまったく同じようなことが書いてあって感動したのが、これからの日本の社会への洞察です。(おそらく、以前から西村さんの本を読んでいたりするので、私の考えそのものが西村さんの影響を受けていたのでしょうが。)

デザインの領域に限らず、このあとの日本では小さい単位の小商い(スモールビジネス)が増えてゆくと思う。たくさんの人間を集めた大きな船(企業や系列)が船団を組んで航海していた時代から、無数の小舟が、互いの様子を気にかけながら海を渡ってゆく時代になると思う。

そういうことだと思うのです。
私もソフトウェアエンジニアリングという魔法(この本のまえがきで、デザインテクニックを魔法に喩える話が出てくる)が使える者の一人として、何をするべきか考えていきたいと思います。

この記事を書いた人

井上 研一

経済産業省推進資格ITコーディネータ/ITエンジニア/ブロガー。
井上研一事務所代表、株式会社ビビンコ代表取締役、一般社団法人ITC-Pro東京理事。
北九州市出身、横浜市在住。 AIやIoTに強いITコーディネータとして活動中。著書に「初めてのWatson」、「ワトソンで体感する人工知能」など。セミナーや研修講師での登壇も多数。

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