人工知能は中小企業にとって高嶺の花なのか?

いま、IBM Watsonに関する本を出したり、実際にプロジェクトでの導入を進めたりしているのですが、Watsonにかかるコストをどう考えるかは悩みどころです。以前は、Watsonを使うには最低1億円かかるといわれていたようですが、今はそんなことはありません。でも、レンタルサーバを借りるような気持ちでともいかないわけです。

Watsonは高額か?

WatsonはIBMのBluemixというクラウドサービスで提供されているサービスの1つです。Bluemixはユーザ登録後30日間はすべてのサービスを無料で使うことができます。なので、Watsonを体験するだけなら、無料でできます。30日を経過した後も、各サービスごとに無料枠が設定されているので、一定の範囲であれば無料で使い続けることができます。しかし、その一定の範囲内で実用的な使い方ができるかというと、それは難しいでしょう。

例えば、Watsonの代表的なサービスであるNLC(自然言語の分類)では、月に1000回までのAPI呼び出し、1回までの学習イベントが無料です。あと、インスタンスが無料で1つまでとなっていますが、1つのインスタンスに8つの分類器を作成できます。この無料枠は個人学習や個人のちょっとしたアプリ程度なら無料でおさまるかもしれません。ただ、Watsonを賢くするには良い訓練データを使って学習させるしかなく、良い訓練データを作り出すには試行錯誤が必要なので、月に1回までの学習イベントは厳しい数字です。

ただ、IBMも当然商売としてWatsonを提供しているわけですし、できることという観点で考えても高額な料金体系とはいえません。私が主に携わっているプロジェクトでは、それなりに大規模にWatsonを使うので、だいたい月額200〜300万円程度のWatson使用料金を想定しています。(もう一つ携わっている別のプロジェクトではもっと安価になる予定ですが、使用するサービスや規模が異なります。)

Watsonを中小企業が導入しようとするなら、かかるコストはせいぜい数万円台というのが現実的かもしれません。もちろん、Watsonの存在が企業の屋台骨となるようなら、もっと高額なコストでも見合うかもしれませんが、いきなり屋台骨まで持っていくのは困難です。

Watson以外を使う

そこで、Watsonと同じようなことをWatsonを使わずにやるという選択肢を考えることになります。例えば、Google Cloudでも最近、WatsonのNLCや画像認識とほぼ同等のサービスが提供されるようになりました。そもそも、クラウドじゃなくても良いのではないかという考え方もあります。

Pythonを使えばさまざまなビッグデータ分析や機械学習ができます。ディープラーニングもTensorFlowを使えば実現可能です。そのため、ソフトウェアのコストだけを見れば、無料でできるわけです。ただ、2つの壁があります。1つは機械学習やディープラーニングはモデルをつくるまでに大量のハードウェアリソースを必要とします。つまり、普段使用しているパソコンでもできなくはないけれど、もっと高いスペックのマシンが欲しくなるということです。

IoTなどで大量なデータを収集・蓄積しようということになったら、Hadoop+Sparkの環境を作るという選択肢も出てきますが、そうすると最低5台くらいのマシンを並列で使いたくなります。(先日参加したOBCIセミナーでは、PostgreSQLでも1億件くらいのデータなら処理できるとのことなので、いきなりHadoopでなくても良いかもしれません。)

もう1つの壁はWatsonのようなAI(人工知能)クラウドを使わずに同等のことをやろうとすると、高スペックな人材が必要になるということです。機械学習にせよディープラーニングにせよ、サンプルプログラムを実プロジェクトに応用して使う程度のことなら、実はちょっとプログラムが書けるエンジニアなら興味があれば出来てしまいます。しかし、そこまでの興味をもっているという時点で既に高スペックかもというのが現状ではないでしょうか。もちろん、より高い精度を出すとかになると、その程度のスキルレベルでは厳しいわけで、あとは頑張って学ぶしかありません。(この辺の知識は今後10年くらいは活用できそうなので、学ぶ価値は十二分にあると思います。)

コストパフォーマンスをきちんと見極める

ただ、経営者の視点で言えば、そんな人材を育てるだけのコストをどう考えるかということになります。つまり、ハードウェアコストと人材コストの両方と、WatsonのようなAIクラウドのコストを見比べて、どうするかという検討が必要になるわけです。

AIクラウドはWatsonを提供しているIBMのほか、先ほど挙げたGoogle、他にもMicrosoftやAmazonも提供しています。各社によって提供されているサービスには差があるのですが、少なくとも強大なハードウェアを備えていることだけは違いありません。サービスの方も、自分で機械学習やディープラーニングのプログラムを書くよりは簡単にできるようになっています。(その中でも飛び抜けて簡単なのがWatsonです。)

中小企業をご支援するITコーディネータとしての立ち位置でいえば、中小企業といえども人工知能の活用から逃げるわけにはいかないと思われ、中小企業が人工知能をきちんと活用して、自社の競争力を高めていける環境・仕組み(技術的な側面だけでなく、経営的な側面からも含めて)をどう作っていくか、考えていきたいと思っています。’

この記事を書いた人

井上 研一

株式会社ビビンコ代表取締役、ITエンジニア/経済産業省推進資格ITコーディネータ。AI・IoTに強いITコーディネータとして活動。2018年、株式会社ビビンコを北九州市に創業。IoTソリューションの開発・導入や、画像認識モデルを活用したアプリの開発などを行っている。近著に「使ってわかった AWSのAI」、「ワトソンで体感する人工知能」。日本全国でセミナー・研修講師としての登壇も多数。