「AIとIoTで日本を変えよう!」を考える

最近、何度か拙著「初めてのWatson」にサインを書くということがあって、なかなか気恥ずかしいものなのですが、勢い余って言葉を付けたりもしています。「AIとIoTで日本を変えよう!」。
もともとは、本を買ったのでサインを書いて欲しい、ついては好きな言葉も添えて欲しいというリクエストをいただいて、どうしたものかと考えた挙げ句、ついに書いたのがこの言葉だったのです。

ただ、いざ書いてみると別に悪い言葉じゃないし、少々ストレート過ぎるとか、結局ツールだよねとか、そういうご指摘もいただくのですが、以後、サインを書くときには必ずこの言葉を添えているし、2017年1月版の名刺には裏側にこっそり入れてみたりもしています。(私の名刺は裏面が略歴だったりするので、名刺のストックが切れる度に少しずつ変わります。)

そんな具合なのですが、そもそも「AIとIoTで日本を変える!」とは、何のことであるのか。それを考えておきたいと思うのです。いまさらですけど。

国策であるAIとIoT

本を出して以降、何度か登壇の機会をいただきます。その際にだいたい触れる話が経済産業省のWebサイトにある、60秒解説です。第4次産業革命は製造業に限らずすべての業種に影響を与えること、日本の産業はこのままではジリ貧であること、日本が再び世界を牽引する立場になるにはAIとIoTに取り組むしかないことなどがコンパクトに説明されています。特に「このままではジリ貧」ということを経済産業省が自ら言っちゃうあたりが、なかなか思い切っていると思います。

安倍政権下、昨年からIoT推進コンソーシアムが動き出しているし、AI関連の取り組みもいろいろ出てきています。
AIやIoTは、いまのところ大手企業か新進ベンチャー企業のどちらかが手を出している雰囲気です。既存の中小企業ももっと取り組んでいく必要があるのではないでしょうか。サービス開発にも補助金が出るようになったし、AIで必要となる高性能コンピュータを中小企業が気軽に使えるようにする取り組みも発表されています。(私は、さらにAIクラウドを使用するための補助金とかもあって良いと思いますが。)

AIとIoTで何が変わるか

とはいえ、AIとIoTは国策なんだ、経済効果が大きいだ、と囃し立てるだけでは仕方ありません。結局、何ができて、何が変わるのさ?というところに解を出さねばなりません。「AIとIoTで日本を変える!」と言っても、何をどう変えるのかを示さないと、意味がないのです。まさしくかけ声倒れです。

ただ、ここが難しいところで、AIとIoTの可能性は無限ともいえるほど大きいだけに、逆にこれという使い方がないのです。そもそも対象の業種も幅広いし、これさえやればというソリューションが示せない。

思い出すのは、NECでマイコンを売り出し始めた頃の話です。青空文庫に入っている「パソコン創世記」という書籍で詳しく描かれています。

当時、コンピュータと言えば大型汎用機しかなかった時代に、コンピュータの基本機能がすべて1つのチップに入ったマイコン(マイクロコンピュータ)が登場します。これをNEC(当時は日本電気)でも販売することになり、小さな部署が生まれます。でも、マイコンをどこに売って良いか分からない。マイコンの機能は説明できるけど、どうやって使えば良いのかが分からない。 この辺、現在のAIやIoTに似てますね。

そこで、NECはTK-80というトレーニングキットを売り出します。コンピュータ屋ではなく既存のメカ屋にTK-80を試してもらえれば、マイコンの使い道は勝手に思いついてくれるだろうというわけです。しかし、TK-80は勘違いされてしまいます。メカ屋ではなく、一般の人たちが自分でも使えるコンピュータ(マイ・コンピュータ=マイコン)と理解して買ってしまうのです。TK-80には電源すらないのに(当初のターゲットであるメカ屋さんなら電源くらいは自分で準備できるという想定だった)。ここから日本のパソコンの歴史は始まるわけですが、それはさておき。

2016年のAI+IoTは、TK-80くらいの位置にあったのではないかと思います。IoTの方はRaspberry PiやArduinoを使って何か作るというのがホビーとしては一般的になってきています。IoTの先にAIをつなげる試みもときおり、ネット上を騒がせました。

真の活用例はホビーの発展系として生まれる

もちろん、GAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)のような超大企業、日本でもいくつかの大企業は、AI+IoTの取り組みをしています。特に日本の場合は、何らかのAI+IoTソリューションを作って中小企業に売り込んでくるということもあるでしょう。それはそれで良いのですが、真の活用例はホビーの発展系として生まれるのではないかと思っています。

AIとIoTで何が変わるかを示すことは、IT屋には無理な気がしていて、それよりもやる気のある中小企業の経営者などに、いま、AIとIoTで何ができるかをきちんと伝える努力をした方が良いのではないかと思うのです。例えば、TK-80のようなトレーニングキットとして。IoTはどうしてもハードウェアが必要ですが、AIについてはクラウドに試す環境があります。そうすることで、中小企業が自ら使い方に気づくことを期待する。

難しいことかもしれませんが、理にかなっているとも思うのです。今までのITソリューションはSystem of Recording(記録するためのシステム)で守りの経営に資するものが多かったのですが、AI+IoTはSystem of Engagement(顧客との関係を作るためのシステム)やSystem of Insights(洞察を得るためのシステム)で攻めの経営に資するものが多くなるでしょう。だとすれば、それは企業の競争力に直結するのです。企業のビジネスそのものになるのです。それをIT屋がソリューションとして提供するのは無理があります。そんなに儲かると言うのなら、お前がやれよの世界。

実際、私が本を出して、知り合いの社長さんにWatsonで何ができるかといった話をしたとき、その時は「ふーん」で終わったのが、数時間後に「アイディア思いついた!」ということもあるのです。実際に。
アイディアを思いついたからすぐに儲かるという話ではなく、そこから投資したり研究したりが始まるのですが、そうしたアイディアを気軽に試せる環境と人材があって、継続的な取り組みを続けていけば、いくつかは実になるものも出てくるでしょう。

私の役割

私自身もアイディアを考えているのですが、思いついたときには自分でやれば良いだけの話。
それよりもまず、きちんと伝えられる存在になることが、いま、私がやるべきことではないかと思います。

私は研究者ではないし、AIクラウドやIoT機器を売り込むノルマがあるわけでもありません。ITエンジニアとして開発に携わることはあるかもしれませんが(いま実際にWatson関連のシステム開発には携わっていますし)、まずは ITコーディネータとして中小企業の経営者にきちんと伝える、何か始めるならそれを支援するという立場です。
だから「AIとIoTで日本を変えよう!」というのは、私にとっては「(中小企業の手によって)変えられる環境を作ろう!」なのかもしれません。

AI+IoTの取り組みはこの1〜2年の話ではなく、5〜10年の長期で考えるべきことだと思います。
第3次産業革命といわれるIT革命が2000年頃に起きたとすると、もう20年近く経っているのに、すべての中小企業がその恩恵を浴しているかというと、そうとも言い切れない現状があります。
まだまだ技術も進展しているところですし、長く取り組んでいくテーマとしてやっていきたいと思います。’

この記事を書いた人

井上 研一

株式会社ビビンコ代表取締役、ITエンジニア/経済産業省推進資格ITコーディネータ。AI・IoTに強いITコーディネータとして活動。2018年、株式会社ビビンコを北九州市に創業。IoTソリューションの開発・導入や、画像認識モデルを活用したアプリの開発などを行っている。近著に「使ってわかった AWSのAI」、「ワトソンで体感する人工知能」。日本全国でセミナー・研修講師としての登壇も多数。