ブログに何を書くべきか(知的生産の積み上げとしてのブログの有用性)

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10月の終わりくらいから、ほぼ毎日ブログを書くようになりました。11月に入ってから今日までに書いたブログの記事は25本。今日は11月24日ですから、1日1本を超えるペースです。こういうことは2〜3年に1回くらいのペースであって、直近だと2年前の7月が31本、そのあと2ヶ月も15本程度書いています。

ブログに何を書くのか

もう5年ほどTech Garden Schoolというプログラミングスクールの講師を務めています。WordPressの講座もあるので、時折「ブログに何を書くべきか」という質問を受けたり、ワークショップでまとまった話をすることがあります。

ブログに何を書けば良いのかは、ブログに取り組む上で根元的な問いです。私自身も、繰り返し考えてきました。いろいろなブログ関連の書籍をあたると、「なんでも書くべきだ」、「専門テーマを決めるべきだ」という両極端な主張があって、決まった答えはないようです。

私の現時点での結論は「なんでも書けば良い」です。スクールにはブログをきっかけとして自分自身のビジネスを生み出していきたいという方も多いのですが、なんでも書くことが自分のキャラクターにつながっていくという話をしています。

ビジネスにしたいのなら専門テーマで書いた方が良いようにも思います。しかし、そうしたテーマブログはライバルがたくさんいます。個人で仕事をするような場合は、その人のキャラクターで誰に仕事をお願いするかを決めるということがあります。その方が値段が安いといった理由で決められるより遥かに良いでしょう。

知的生活の積み上げ

いま読んでいる(というか今日発売されて、今日から読んでいる)堀正岳さんの「知的生活の設計」という本には、こんなことが書いてあります。(ちなみに、著者の堀さんのセミナーには以前参加したことがあって、その際に私が質問したのがまさに「専門テーマかなんでも書くか」ということでした。)

実は知的生活の積み上げと本書で呼んでいるものは、実際は情報を自分というフィルターを通すことによって見えてくるライフログにほかならないのです。

ちなみに、同書で知的生活とは「新しい情報との出会いと刺激が単なる消費にとどまらず、新しい知的生産につながっている場合」と定義されています。これは、知的生産の名著である梅棹忠夫氏の「知的生産の技術」での定義を引いているようです。

情報や知識それ自体は多ければ多いほど良いものと思われがちですが、情報それ自体はすでに検索可能なコモディティ(同質的 、普遍的なもの)と化しているため、情報量そのものよりも、むしろ、適切な場面で適切な情報を引き出すことができる「情報の編集能力」にこそ価値がある ─ ─という点です。ここに、知的生活による積み上げを実践する意味、そしてメリットがあるといえます。

つまり、知的生産を積み上げることで自分のフィルターが明確化し、そのフィルターこそが自分の価値になるのです。その知的生産の手段、場所としてブログは極めて有用です。また、自分のフィルターを外部に可視化する手段としてもブログには価値があるでしょう。だからこそ、ブログになんでも書いていくという姿勢が重要です。

ブログを書くことは修練

ブログを毎日書くというのは、一つの修練です。日々ブログに向き合うことや、ブログに書くネタを見つけることなどを習慣化していかないと、毎日書くことはできません。

私自身の今回の(何度目か分からない)チャレンジはまだ1ヶ月程度しか続いていませんが、ブログこそが自分の知的生活の積み上げなのだと信じて、今度こそは続けていきたいと思います。

この記事を書いた人

井上 研一

経済産業省推進資格ITコーディネータ/ITエンジニア/ブロガー。
井上研一事務所代表、株式会社ビビンコ代表取締役、一般社団法人ITC-Pro東京理事。
北九州市出身、横浜市在住。 AIやIoTに強いITコーディネータとして活動中。著書に「初めてのWatson」、「ワトソンで体感する人工知能」など。セミナーや研修講師での登壇も多数。

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