経済産業省の「DX推進指標とそのガイドライン」を読みつつ、DXとは何をすることかを考える

いま、世の中でDX(Digital Transformation)が盛んに謳われているのは、経済産業省の旗振りがあってこそだと思うので、政策として日本経済をどういう方向に引っ張っていこうとしているのかを見ることが、DXについて理解する早道だろうと思います。

経済産業省のDXの定義

経済産業省がDXをどう定義し、どう推進しようとしているのか。それを知るには、同省のWebサイトに掲載されている「DX推進指標とそのガイドライン」を読むと良いでしょう。

まず、DXの定義として、下記のように書いてあります。

「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」

なかなか長い文章なのですが、分解して一つ一つ見ていくと良いでしょう。

「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し」
「顧客や社会のニーズを基に」
「競争上の優位性を確立すること」

この3つのフレーズは、企業経営一般のことについて書いてあります。
「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し」は、外部環境の変化に対応せよという、まさしく企業経営の命題です。「顧客や社会のニーズを基に」 は、Product OutではなくMarket Inの必要性を述べたもので、「競争上の優位性を確立すること」はビジネスを行う上での当然の目標です。

企業経営一般の指針を取り外すと、DXの特性が見えてきます。

手段:「データとデジタル技術を活用して」
手法1:「製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに」
手法2:「業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し」

「データとデジタル技術を活用して」は手段、使用する技術について述べています。DXのDはDigitalを意味しているので、デジタル技術を活用するのは前提です。もちろん、デジテル技術といってもコンピュータのハードウェアを作りましょうという話ではないので、デジタル技術の活用によって生み出されるデータを使いましょうということになります。

「製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに」と「業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し」は、DXの具体的手法です。改善ではなく変革が必要なことと、ただ新しい製品やサービスを作りなさいということではなく、業務そのもの、組織、プロセス、企業文化・風土の変革までを求めていることが重要です。

DXを進める基盤として、ITシステムに求められる主要な要素

さらに「DX推進指標とそのガイドライン」を読み進めると、DXを進める基盤として、ITシステムに求められる要素が書いてあります。

  1. データをリアルタイム等使いたい形で使えるか
  2. 変化に迅速に対応できるデリバリースピードを実現できるか
  3. データを、部門を超えて全社最適で活用できるか

これは、スピードが強調されていることを除いては、2010年版のIT経営ロードマップで述べられている「見える化」、「共有化」のことであり、それがDXを進める基盤であることが分かります。

結局、DXとは何をすることか?

ただ、ここまで読み進めても、DXとは結局何をすることなのか分かりません。
ガイドラインはあくまでガイドラインであり、DXを進めるためのプロセスや、その評価方法について述べるもので、DXとは何をすることで、具体的にどういうビジネスをやれば良いとか、そういうことは別の話なのです。

ある意味で、ITコーディネータ(ITC)のプロセスガイドライン(PGL)を見るような既視感があります。PGLも、それをどう活用するかは各企業の特性とITCなどのITCプロセスの実践者に委ねられています。DXのガイドラインもそれは同じなのでしょう。

では、DXとは何をすることなのか。
それは、各企業の強みや経営者の思いを、いかに、デジタルファーストやモバイルファーストといった外部環境にマッチングさせるかに次第です。

DXは何かITシステムを作ることではないし、紙でやっていた業務をただデジタル化するということでもありません。最終的に、いま私たちが便利だなぁと思って使っている(例えばGAFAなどが提供するような)スマホやタブレット上で提供されているサービスと同じようなことを自社でも提供できるか否かということでしょう。

もちろん、GAFAのように検索サービスや動画配信サービスなどを提供しなさいということではありません。それぞれの企業がこれまで提供してきた商品、サービスをデジタルの市場に乗せて、そこで提供するサービスが、自分が普段使っているサービスと比肩できるようなレベルになっているのか、そのように考えると良いのではないでしょうか。

そう考えると、ただITシステムを作れば良いとか、紙の書類をデジタル化すれば良いというのとは別の次元の話であることが分かります。もちろん、ITシステムは作らないといけない、紙の書類もデジタル化した方が良いかもしれません。ただ、それはDXの前提であって、DXそのものではないのです。デジタルの市場に参入するには何らかのシステムが必要だし、その市場でビジネスを展開していくための業務フローの見直しや効率化も必要だろうというだけのことです。

重要なのは、自社がこれまで提供してきた商品やサービスを冷静に分析し、強みと思われる部分を、ネットの向こう側にいる顧客に最適化して提供するか。それがDXの本質ではないかと思います。

この記事を書いた人

井上 研一

株式会社ビビンコ代表取締役、ITエンジニア/経済産業省推進資格ITコーディネータ。AI・IoTに強いITコーディネータとして活動。2018年、株式会社ビビンコを北九州市に創業。IoTソリューションの開発・導入や、画像認識モデルを活用したアプリの開発などを行っている。近著に「使ってわかった AWSのAI」、「ワトソンで体感する人工知能」。日本全国でセミナー・研修講師としての登壇も多数。