DX推進指標:定性指標のキークエスチョンを概説

前回の記事で、DX推進指標の概要について説明しました。

DX推進指標では、キークエスチョンとサブクエスチョンが準備されており、すべてに回答する必要がありますが、キークエスチョンとサブクエスチョンでは誰がどうやって回答するかが異なります。

  • キークエスチョン: 経営者が自ら回答することが望ましいもの
  • サブクエスチョン: 経営者が経営幹部、事業部門、DX部門、IT部門等と議論をしながら回答するもの

キークエスチョンの中には、特にITシステムの枠組みや、ITシステム構築の取組状況といった、IT部門が回答した方が良さそうに見える内容もあるのですが、経営者がIT部門や事業部門、DX部門と議論をしながら回答する必要があります。

今回の記事では、定性指標のキークエスチョンについて説明します。

定性指標の評価における成熟度

定性指標は下表の6段階で評価します。評価を行う際はエビデンスを付けることが望ましいとされています。

成熟度レベル特性(概要)
レベル0 「未着手」経営者は無関心か、関心があっても具体的な取り組みに至っていない。
レベル1 「一部での散発的実施」全社戦略が明確でない中、部門単位での試行・実施にとどまっている。
レベル2 「一部での戦略的実施」全社戦略に基づく一部の部門での推進
レベル3 「全社戦略に基づく部門横断的推進」全社戦略に基づく部門横断的推進(仕組みが明確化され部門横断的に実践されている)
レベル4 「全社戦略に基づく持続的実施」定量的な指標などによる持続的な実施(判断が誤っていた場合に、積極的に組織、やり方を変えることで、継続的に改善していくことを含む)
レベル5 「グローバル市場におけるデジタル企業」デジタル企業として、グローバル競争を勝ち抜くことのできるレベル
成熟度レベルの基本的な考え方(IPA「DX推進指標とそのガイダンス」 P10より抜粋)

ここで「デジタル企業」とは、いわゆるITベンダーではないことに注意してください。DXレポート2.1では、価値を創出するための事業能力(ビジネスケイパビリティ)をソフトウェアによってデジタル化したものをデジタルケイパビリティと呼び、価値創出をデジタルケイパビリティを活用して実現する企業をデジタル企業としています。つまり、あらゆる企業がデジタル企業になる可能性を秘めています。

また、各項目に点数を付けるだけではなく、次の成熟度レベルを目標として必要なアクションについて議論し、実際のアクションにつなげることが重要です。

DX推進の仕組み(定性指標)

「DX推進のための経営のあり方、仕組み」のうち、「DX推進の仕組み」が定性指標となっています。一方、「DX推進の取組状況」が定量指標です。

ビジョンの共有

データとデジタル技術を使って、変化に迅速に対応しつつ、顧客視点でどのような価値を創出するのか、社内外でビジョンを共有できているか。

DX が目指しているものは、業務改善・効率化のみにとどまらず、「顧客視点で新たなビジネス価値を創り出すこと」ですから、そのようなビジョンの共有は重要です。
DX推進指標のガイダンスでは、メガトレンドを10年スパンで定め、マーケットがデジタル中心に変化した10年後においても、自社が提供できる価値を明確化できるか、10領域くらいに絞って考えてみると良いといったアドバイスが挙げられています。

危機感とビジョン実現の必要性の共有

将来におけるディスラプションに対する危機感と、なぜビジョンの実現が必要かについて、社内外で共有できているか。

まず、なぜDXが必要なのか、変革しないと何が問題なのかが、しっかり認識されている必要があります。ディスラプターの登場で何が変わることが予想されるか、同業他社がどのような取り組みを行っているかなどを具体的に整理し、経営層、現場ともにリアリティを持って認識し、DXの必要性が肚落ちされていることが必要です。
そうした肚落ちがあってこそ、(一つ前のキークエスチョンである)ビジョンが構築され共有できるわけですから、こちらのキークエスチョンについての検討を先に行っても良いかもしれません。

経営トップのコミットメント

ビジョンの実現に向けて、ビジネスモデルや業務プロセス、企業文化を変革するために、組織整備、人材・予算の配分、プロジェクト管理や人事評価の見直し等の仕組みが、経営のリーダーシップの下、明確化され、実践されているか。

DXの推進においては経営トップのコミットメントが何より重要です。
コミットメントとは、単に「DXを進めろ」、「AIで何かしろ」といったものではなく、DXを進めるための「仕組み」を明確化し、全社で持続的なものとして定着させる必要があります。
「あれよりもこれを先にしろ」といった自社にとって優先すべきものを選択することも、コミットメントの一つの要素です。

「仕組み」自体については、次の3つのキークエスチョンで具体的に説明されていますし、それぞれサブクエスチョンも準備されているので、そこで検討します。

仕組みについてのクエスチョン

「仕組み」については、3つのキークエスチョンが準備されており、それぞれのキークエスチョンの配下にサブクエスチョンも準備されています。
DX推進指標の議論の中心となる、ボリュームのある内容です。

マインドセット、企業文化

挑戦を促し失敗から学ぶプロセスをスピーディーに実行し、継続できる仕組みが構築できているか。

DXによって創出される価値は、必ずしも事前に想定できるとは限らないため、挑戦すること、失敗から学ぶことが重要です。DX推進指標のガイダンスにおいては、「仮説設定→実行→検証→仮説修正」の仮説検証プロセスを反復的に、かつスピーディーにまわしながら、「優先順位」→「予算割り振り」のサイクルを環境変化に応じて迅速に変化させるための「プロセス」、「プロジェクト管理」、「評価の仕組みを整備し、確立している」かどうかが、DX推進のカギとしています。

この考え方は、ITコーディネータプロセスガイドラインVer.4.0(PGL4)が指向している、デジタル経営の2つのサイクル(デジタル経営成長、価値実現)と同期しています。こうしたサイクルを反復させながら顧客価値を実現していくことこそが、変化の激しいVUCAな時代における経営の進め方であると思います。また、サイクルを回すスピード感、アジリティが経営能力、組織能力です。

また、PoCの実施においても、先述の「プロセス」、「プロジェクト管理」、「評価」の仕組みが確立されていることがカギであり、全社的な仕組みがないと、ただ単に失敗を繰り返すだけになってしまうこともポイントです。

このキークエスチョンには、「体制」、「KPI」、「評価」、「投資意思決定、予算配分」の観点でサブクエスチョンが準備されています。

推進・サポート体制

DX 推進がミッションとなっている部署や人員と、その役割が明確になっているか。また、必要な権限は与えられているか。

DX推進には、事業部門やIT部門の巻き込みが不可欠です。経営トップの判断の下、役割が明確となっており、かつ、必要な権限が与えられていること、そして、そこに必要な人材・人員が充てられていることが極めて重要です。

このキークエスチョンには、「推進体制」、「外部との連携」の観点でサブクエスチョンが準備されています。

人材育成・確保

DX推進に必要な人材の育成・確保に向けた取組が行われているか。

このキークエスチョンには、「事業部門における人材」、「技術を支える人材」、「人材の融合」の観点でサブクエスチョンが準備されています。

このサブクエスチョンの構成からも分かるように、DX推進に必要な人材はDX部門にだけいれば良いというわけではありません。事業部門はその事業に関する知見は当然あるものとして、ITやデータ活用についての知識を学んでいく必要があります。一方で、技術を支える人材(IT部門など)は技術についての知見だけではなく、業務知識や経営知識を学ぶ必要がありますし、IT部門が必ずしもデータ分析に長けているというわけではないので、データ分析についても学ぶ必要があります。
そして、その両方の知見・知識の歩み寄りをもとにして、人材の融合によってDXを実現していくという方向性が見て取れます。

事業への落とし込み

DXを通じた顧客視点での価値創出に向け、ビジネスモデルや業務プロセス、企業文化の改革に対して、(現場の抵抗を抑えつつ、)経営者自らがリーダーシップを発揮して取り組んでいるか。

DXを推進すると当然に事業を変革する必要があります。具体的には業務プロセスの変更・追加・削除が行われます。ITシステムはその下支えになります。こうした日頃の業務の変更は抵抗感が強いことが多く、敢えて「現場の抵抗を抑えつつ」と括弧書きされていることからも、それが事業への落とし込みにおける要点であることが分かります。
そのためには、経営者自らが改革の必要性を十分に説明し、業務変革の必要性について現場が肚落ちさせることが必要です。

また、顧客視点での価値創出に向けては、事業ニーズに基づいた事業への落とし込みが重要です。システム導入などの手段を目的化することなく、ニーズとDXを紐付けて、実際の価値実現までを完遂させなければなりません。

また、経営トップのビジョンと事業レベルの変革とがリンクされる条件は、必ずしもトップダウンだけでなく、現場主導の変革を経営トップがサポートするようなボトムアップの進め方も考えられます。ただ、それは経営者が待ちの姿勢でいれば良いということを意味するわけではないので、注意が必要です。

このキークエスチョンには、「戦略とロードマップ」、「バリューチェーンワイド」、「持続力」の観点でサブクエスチョンが準備されています。

ITシステム構築の枠組み(定性指標)

ビジョン実現の基盤としてのITシステムの構築

ビジョン実現(価値の創出)のためには、既存のITシステムにどのような見直しが必要であるかを認識し、対応策が講じられているか。

DXを実現するためのITシステムの条件として、下記の3つが挙げられています。
データ活用による新たな価値の創造と、価値実現のデリバリースピードが問われています。

  1. データをリアルタイム等使いたい形で使えるか
  2. 変化に迅速に対応できるデリバリースピードを実現できるか
  3. データを、部門を超えて全社最適で活用できるか

ITシステムについては、このキークエスチョンの配下という位置づけではないのですが、様々なサブクエスチョンが準備されています。特にITシステムを競争領域と非競争領域に仕分けするサブクエスチョンは、企業における競争分野は何か、それがITシステムとどう関係しているかを議論する極めて重要な内容です。特に、非競争領域については他社との共創やコモディティ化されたITサービスの活用(業務をそのITサービスのベストプラクティスに統一していく)という方向性でDXを進めることになります。

ガバナンス・体制

ビジョンの実現に向けて、IT投資において、技術的負債を低減しつつ、価値の創出につながる領域へ資金・人材を重点配分できているか。

このキークエスチョンには、ガバナンスに関する様々な観点でのサブクエスチョンが準備されているので、腰を据えて取り組む必要があります。
DX推進に向けて、価値創出に向けた投資の必要性を理解し、何を削減してそのための資金・人材を生み出すかという発想が必要といえます。

まとめ

今回の記事では、DX推進指標のうち定性指標のキークエスチョンについて見てきました。サブクエスチョンや定量指標については、次回以降の記事で検討することにします。

IPA公式の「DX推進指標のご案内」はこちらです。この記事で参考にした、「DX推進指標とそのガイダンス」もこちらのサイトでダウンロードできます。

この記事を書いた人

井上 研一

株式会社ビビンコ代表取締役、ITエンジニア/経済産業省推進資格ITコーディネータ。AI・IoTに強いITコーディネータとして活動。画像認識モデルを活用したアプリや、生成AIを業務に組み込むためのサービス「Gen2Go」の開発などを行っている。近著に「使ってわかった AWSのAI」、「ワトソンで体感する人工知能」。日本全国でセミナー・研修講師としての登壇も多数。