顧客第一主義。美しい言葉です。でも、それは本当でしょうか。どんなに会社が損をしても、お客様のために犠牲になる。それではビジネスになりません。
よく引き合いに出されるCRMの例として、高級ホテルであるリッツカールトンの話があります。ここでも少し取り上げてみましょう。
ある宿泊客がホテル内のレストランのソムリエに「明日、プロポーズをしようと思うんだ。申し訳ないのだがあるワインを準備しておいてくれないだろうか」。どうやらそのワインは特別な種類のワインで思い出のあるものだから、プロポーズの時に飲みたいと考えたようなのです。
翌日、無理なお願いをしてしまっただろうかと思いながら、ホテルの前の広がる海岸を見てみると、砂浜にパラソルが立っている。その横には昨日のソムリエがいて、お願いしていたワインを持っているではありませんか!プロポーズは大成功でした。
そしてチェックアウト。フロントで支払いを済ましていると、ワインの代金が入っていません。そのことを告げると、フロントマンはこう言いました。「お客様、あのワインは当ホテルからのサービスでございます」。
以後、その宿泊客はリッツカールトンの大ファンになり、宿泊するときには必ずリッツカールトンを使うようになったといいます。
リッツカールトンは、顧客にあわせた様々なサービスを行っています。常連客になると、どこのリッツカールトンに行っても自分の好みの堅さの枕が部屋に置いてある。また、部屋に備え付けの便箋にはその客の名前が透かしで入っていたりすることもあるのだそうです。(ところで、リッツカールトンはなぜ顧客の好みの枕の堅さを知っているのでしょう。もちろん、最初からは分かりません。顧客が最初に枕の堅さをリクエストしたときにCRMシステムにデータを入れているのでしょう。あとは、その顧客から予約が入るたびにCRMシステムで枕の堅さの情報を参照し、客室に準備しておくわけです。もちろん、その情報は全世界のリッツカールトンで参照出来るようになっているはずです。)
こうした自分のためだけのサービスを受けると、どんな人でも喜びます。ファンにもなってくれるでしょう。顧客第一主義とはまさにこのことと思うかもしれません。しかし、そのサービスにかかるコストは莫大です。リッツカールトンはもともと高級ホテルであり、そのコストを負担できるだけの利益が出ているわけです。ちゃんとペイできる収益構造があるから、それだけのサービスが出来るのです。
顧客第一主義といっても、収益構造の裏打ちが必要です。口先だけの顧客第一主義はダブルバインド(見え透いた本音と建前)を生み顧客にすぐに気づかれます。そうしたことを続けているとサービスを提供する側の心も疲弊してしまうものです。昔の近江商人は「三方良し」を旨としました。売り手良し、買い手良し、世間良しで三方良し。決して顧客第一ではありません。
CRMでは20%の常連客が80%の利益をもたらすという法則を前提にして、顧客を常連客に育てようとします。第2回、第3回の講座で書いたとおりです。顧客を識別することでその顧客がいまどの育成段階にあるのかを知ることが出来るようになります。コストをかけた特別なサービスは誰にするべきでしょうか。それは、今まさに育成段階にあり、高い利益をもたらしてくれるようになる可能性が高いと思われる顧客です。
育成段階の最も高いパートナー(他の顧客を連れてきてくれる。自社の商品やサービスを顧客の立場で一緒に作ってくれる。)といわれるレベルの顧客に対してではありません。経済学っぽい言い方をすればサービスコストを1単位負担したときに、長期的に見た「追加的な」利益が最も大きい顧客が、最も特別なサービスをするべき顧客です。CRMは顧客第一主義とは違う戦略的な考え方です。このことはしっかり覚えておきましょう。